エイプリルフール

新年度が始まった。天気は下り坂だが、わけもなく晴れがましい。年度が替わるだけでこんなにも気分が違うものだろうか。年度末工事は全て完了。たまりにたまった見積や書類を順番に処理していけば、そのうちGW連休工事が始まる。いや、製作ものはすぐにでも発注をかけないと間に合わないくらいだ。それでも3月までとはうって変って切迫感がない。
▼昨夜は年度末工事でお世話になったベテラン社員にモツ焼きをご馳走した。メニューはホルモン、レバー、タン、ハツ、ナンコツにビールの大瓶のみ。丸椅子の円卓に七輪が置かれ、タバコは直接三和土に捨てて足で揉み消すスタイルだ。基本昼間からやっていて、混みあうのはオートレースの開催日だけである。
▼昨日も僕らがメニューを一巡する1時間ほどの間に、土建屋らしき持ち帰り客が二組と、自衛隊員らしき若者三人連れが来店しただけだった。若者たちは一度に円卓に乗りきらないほどの量をたのんでいる。自分の年齢を強く意識するのはこういう時だ。五十に手が届きそうな僕はそんなには入らない。ビールも二人で二、三本明ければたくさんだ。早々に代行を読んでもらう。
▼酒が入っているせいか、代行ではみんな不思議と饒舌になる。ベテラン社員が後ろの席から運転手さんに声をかけている。競艇の話だろうか、「蒲郡のナイターの坂本が…」なんてマニアックな話されてもチンプンカンプンだ。さっきまで会社や仕事や年金や退職金の話をしてたのに、突然遠い国から来た人のような気がする。
▼彼の自宅に回っておろすと今度は僕が喋る番だ。「バイトですか」「いや、これ一本です」「食えますか」「ええ、なんとか」「へえ」「子供も独立して妻と二人きりですし。それに不思議とお金もあまり使わないんですよ」「あ、わかります。僕も豆腐屋で夜勤してたことあるんですけど、昼夜逆転するとお金使う機会ってないですよね」「あっという間に時間だけ過ぎちゃって…」「わかるわかる。ちゃんと一日分働いててても夜ってなんか半端な気がして、昼だけがなくなっちゃった感じがするんですよね」
▼うちに帰るとまだ7時過ぎである。ここんとこ忙しくて10時11時が当たり前だったので、妻は僕が飲んできたなんて夢にも思わない。今さら申告するのも面倒なので、出てきた夕食をおとなしく食べる。〆のラーメンか茶漬けの感覚だ。食べ終わると日曜版で紹介されていた山田詠美の「明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち」を読むが、すぐに寝落ちしてしまう。
山田詠美は前作「学問」以来二冊目。彼女が「ベッドタイムアイズ」「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」などで華々しくデビューして、もう30年近くがたつ。黒人との大胆な性描写が話題になったこれらの作品を、僕は当時読んだはずだがまるで覚えていない。覚えていないものを読んだとは言えないから二冊目。これもまだ読んではいないけど。
▼当時の僕は、この山田詠美よしもとばなな、洋物ではマルグリット・デュラスの「愛人」など、デートのたびに彼女が嬉々として賞賛する作品を、帰りに本屋に立ち寄って買って帰っては懸命に読んだが、何ひとつ頭に入ってこなかった。童貞なんだから当たり前だね。そんなことより彼女が黒人とSEXしてるんじゃないかと気が気じゃなかった。バカすぎて笑える。
▼当ブログでも何度か紹介した「処女航海」事件のあの彼女である。僕はその足でCDショップに飛んでいき、「処女航海」のジャケットをひっつかむと祈るような想いでコルトレーンの名前を探した。フレディ・ハーバード、ジョージ・コールマン、ロン・カーター、アンソニー・ウイリアムス、ハービー・ハンコック…だがいくら舐めるように探してもコルトレーンの名前がどこにもなかったのは言うまでもない。
▼彼女は今どうしているだろう。こんなバカな僕にもそれなりに時間を割いてくれたんだから、嫌いじゃなかったと思いたい。だってここまでくればもう、立派に愛すべきバカさ加減だと思いませんか?

年度末最後の晩餐はアラビアータにトルティーヤ。

そして昨夜のモツ焼きの〆はチキン南蛮。

僕は自分が思うよりずっとノーテンキでオメデタイ人間なのかもしれない。