啓蟄

日中は随分暖かくなってきた。明日は雨の予報だ。こんなことを交互にやられちゃあツクシやタケノコでなくても顔を出したくなるってもんだ。梅一色だったインスタグラムも南の方から白木蓮のポストがちらほら見え始めた。春はすぐそこだ。
▼相変わらず年度末工事の多忙な日々が続く。年々収束が早くなっているので今年は2月でだいたいだと思っていたら、結局3月もぎりぎりまでパンパン。さらに塩漬けの大型物件が急に動き始め、どうやら4月も一息つけそうにない。けど普通の仕事にシーズンオフなんてないだろう。みんなどうやって心の平静を保っているのかな。僕はここらが限界だ。
▼毎晩遅い上の子がほぼ一週間帰ってこなかったので心配していたら、大型商業施設の改装工事で夜勤だったらしい。僕も過去に同じ施設で夜間工事を担当したことがある。四十前後の頃だ。今、自分の子供が二十歳で同じことをしていることについて、ずっと以前に似たような感慨にとらわれたことを思い出した。
▼今から15年ほど前、僕は妻の友人の父親が経営している豆腐工場で働いていた。豆腐は言うまでもなく生鮮食品である。生鮮食品は鮮度が命。つまりその日に売る分をその日の朝作る。工場の大量生産ともなれば、早朝がもっと早くなって夜勤になるわけだ。話がそれかけている。
▼豆腐工場の夜勤で働いているのはどういう人だろう。正社員は全体管理の一名のみ。あとはパートか契約社員である。女性の方が多いが、男性は二足のわらじをはいている人が多い。豆腐専業の契約社員は一度事業を失敗したとか、あるいは定年退職したとか、いずれにしろ第一の人生を終えた人たちだった。
▼パートはお年寄りか母子。たまに学生のバイトが混ざる。何年も留年しているようなバイトくずれはともかく、時々短期で優秀な奴がやってきた。中に高校の後輩がいたので声をかけてみると、卒業と同時に海外留学して一時帰国中に滞在費を稼いでいるという。同じ進学校の非主流派でも単なるオチコボレの僕とはえらい違いだ。
▼どんな職業にもスキルはある。寄せはもちろんプレスやカットにはそれなりの習熟が必要だ。豆の仕込みからひろいまで全工程を管理する正社員は全てに通じていなければならない。「覚えが早い」という経営陣のおべんちゃらを真に受けていい気になっていた僕は、その時初めて自分のやっていることが、人生がこれから始まる人か、一度あがった人のやることだと悟ったのだ。
▼その前に都落ちして塾の講師をしていた時は、バイトの学生を従えて毎晩のように夜の街を練り歩いたものだ。当時の講師仲間とは今やひとりもつきあいがないが、バイトの学生の中には立派な社会人になって毎年年賀状を欠かさない律儀な奴もいる。当時彼らを子分扱いしていた僕は、彼らのことを前途ある学生のバイトだと正しく認識していただろうか。
▼さらにその前にエロ本を作っていた頃、SMビデオの女監督がよく言っていた。「俳優とか小説家めざしてドカタしてるって飲み屋でクダまいてる男いるでしょ。そーゆーのに言ってやるの。あんたの本質はドカタだよって」彼女とは随分親しくしていたが、都落ちした後はいくらハガキを書いても一度も返ってこなかった。ギョーカイを辞めた以上もう関係ない。彼女の方が人間関係についてよく理解していたことは言うまでもない。
▼僕は本当にオクレニイサンだとつくづく思う。普通の人が普通に理解できることを理解するのに今日までかかってしまった。僕は今建設業界で働いているが、たしかに作業員ではない。さりとてスカイツリーや超深度地下鉄を手掛ける技術者でもない。ちょっと気がきいていれば二十歳そこそこでも差配できる専門業者の番頭にすぎない。
▼あきらめるわけではないが僕はもう五十だ。それが自分の本質だと認めなければ本当に飲み屋のドカタみたいなことになってしまう。なんだか50年間ずっと土の中にいたような気がする。知らぬが仏である意味平和だったかもしれないが、そろそろ表に出て新鮮な空気を吸いたい気分だ。
▼この間のお弁当。










この間の鍋。下の子が味噌を嫌がるので似たような味付けになる。




この間のカレー系。


この間の外食。


この間のウチゴハン