冒険のない日常生活

みなさんご無沙汰してます。ブログ再開以来こんなに更新があいたのも久しぶりだ。なにが原因かって、今週に入って連休工事とその準備で忙しくなってしまったのだ。企業の営繕担当は人が休む時が忙しい因果な商売だ。ヒマ潰しにやってた学校の耐震も僕より若くて優秀な監督に代わってもらったよ。
▼何を隠そう出稼ぎ労働者たる僕は、実家に帰省できる休みを心待ちにしているのだが、お正月もこの調子で、毎年大晦日の最終に飛び乗って、三が日のうちにとんぼ返りという慌ただしさなのだ。一般物件担当のジモピーは普通に休んでるというのに、よりによって遠方の僕がなぜ…人生ままならぬものだね。
▼普段も土日は仕事で休めず、なかなか子供の相手をしてやれなかった。それがこの7月から電力需要ピーク分散化のため、自動車メーカーが一致して木金休業土日稼動を決めたおかげで日曜が休めるようになった。電力不足の日本はホントに助かったと思う。日本という国が、この物づくり技術の集積体である自動車産業に負うところがいかに大きいか…まあそんな話はどうでもいいや。
立秋からようやく夏らしい暑さになってきた。夕食前の晩酌のアテも夏らしくなったね。

ここ数日は他人の愛読ブログを開く余裕もなかったが、自由人さんもしばらくぶりの更新だったようで、先週の金曜まで遡って順時酒場巡りをレポートしていくそうだ。そういう書き方もアリだよね。毎日だとどうしても強迫観念にかられてしまう。
▼さて、週初めの月曜は合宿から無事生還した長男を連れて近所のインド料理屋で慰労会。入れ代わりに下の子は友達のうちにお泊りで不在。東北帰りの時は写真を取り忘れてしまったが、また悪い癖で料理が出るなり手をつけてしまう。

注文から30分近く待たされればそれも致し方ないだろう。15分過ぎから気になり始め、厨房の方をチラチラ見ていたら、20分過ぎに裏口に缶を抱えたインド人が現れた。あれはカレー粉に間違いない。まあ前回の店よりルーの量が多かったので許す。

▼そうこうしてるうちにまたひとつ年をとってしまった。もう立派な中年に違いないのだが全然年をとった気がしない。男性というものは、明確に老いを自覚する時点まで(それは車椅子とか要介護とか劇的な生活の質の変化を伴うもの)いつまでも永遠に自分が若いつもりなのではないだろうか。親子とか先輩後輩とかいう関係性だけがあって、みんないっしょに年をとるからわからないのだ。カト茶とか堺正章が年齢差のある結婚に踏み切るのもそういうことなんだろう。
▼誕生日のディナーはナス好きの僕のためのナスづくし。


ナスの煮浸しに、ナスのアラビアータ。ケーキも買ってくれた。

さあ、日曜は水風呂でビールでも飲んで英気を養うか。タイトルは言わずと知れた大江健三郎の「日常生活の冒険」のもじり。僕にとって夏は、昔からそのようなものだった。期待だけは大きいが、結局何も起こらない。そうやって年を重ねていくのが人生だとしたらサミシイね。