冬の記憶

立冬が過ぎてようやく気温が下がってきたってのもおかしな話だ。まだまだ寒いという感じではないが、薄曇りの空だけは秋を通り越して冬の風情を醸し出している。今年は秋らしい抜けるような高い空が幾日もなかったような気がする。それとも紅葉とともにこれからやってくるのだろうか。
▼僕は冬になると匂いに敏感になるけど、みなさんはいかがですか?空気が乾燥してるせいかしら。今日も車を走らせていると、遠くから突然野焼きのような匂いに鼻を奪われてしまった。この藁を焼く匂いが、僕にとっての冬の薫りだ。季節の匂いというのは鼻づまりの僕にも平等にやってきてくれる。
▼冬の匂いは短時間にまわるので、特に注意が必要である。その昔、僕の弁当のタクアンの匂いが真冬の閉め切った教室内に充満して、クラスメイトのある者は窓を開けに走り、ある者は下敷きを煽ぎ出すなど一時騒然となったことがある。
▼僕は知らぬ顔の半兵衛を決め込んで平静を装っていたが、僕が犯人であることはみんなもわかっていたにちがいない。というのもその日僕は遅刻して、授業中単身教室に入って席についた直後の出来事だったからである。なんとも微笑ましい冬の光景だな。
▼僕は夏生まれの夏男で寒いのは苦手な方だが、年をとるにつれた冬の凛とした空気に惹かれるようになってきた。若い頃、特に高校までは僕に限らずたいていの人は冬があまり好きになれないのではないだろうか。それは冬が受験の記憶と結びついているからだ。いきものバンザイの子供のうちも、カブトムシやクワガタがとれる夏の方がいいに決まってる。冬の楽しみは大人の醍醐味。僕も不惑を過ぎてようやく大人になった。遅いか。
▼受験勉強から解放されて初めての冬の想い出を話そう。僕は親元を離れたい一心で上京したというのに、寂しさと人見知りの性格から、同郷の閉じた人間関係の中で大学一年目の冬を迎えようとしていた。交遊範囲は同じ大学に進学した同級生や部活の先輩から一歩も出ていなかった。
▼その気になれば新しい出会いなんていくらでもある環境で、もったいないといえばこれほどもったいないこともない。その冬僕は在京の別の大学に進学した高校の親友と、人気のあった女の子にそれぞれ再会し、さらに時間を停滞させることになる。
▼後ろ向きの関係というのは、自分だけでなく相手にとっても気の毒なものだ。次回また彼と彼女に会うこと以外何の楽しみもなかったというのに僕は、彼らと離れていた一年足らずの間に切り開いた、彼らの知らない別の世界からやってきたような顔で彼らと会った。たぶんバレバレだったろうけど。
▼親友の時もクラスメイトの女の子の時も、東京での初めての再会の場所は僕が指定した。薄日差す25年前の冬の上野動物園は、僕らのはく白い息でぼんやりと霞がかかっている。ただ彼女の紫色のペタンコのラメ入りの靴、スエード地の紺のロングコート、それに冬の動物園の匂いだけが記憶に残っている。
▼僕はテナガザルやフラミンゴを見ながら彼らに何を話したのだろう。会話に詰まったような感じはしない。むしろ饒舌だったような気がする。もしその時ECHOESのZOOが既に世に出ていたなら、そこでそうしていることが恥ずかしくてたまらなかっただろう。
♪僕たちはこの街じゃ夜更かしの好きなフクロウ、本当の気持ち隠しているそうカメレオン(中略)見てごらん、よく似ているだろう誰かさんと。ほらごらん、吠えてばかりいる素直な君を(中略)ほらね、そっくりなサルが僕を指さしてる。きっと、どこか隅の方で僕も生きてるんだ…
当時の僕は、自分がどこか隅の方で生きてることに気づいていなかった。そして自分の本当の気持ちにも。
♪愛をくださいwowwow愛をくださいZOO(繰り返し)

本日今年初の鍋はトマト鍋。もちろん〆にご飯とチーズを入れてリゾットにしたよ。

今この曲は酔っぱらうと必ずカラオケで歌う僕の十八番だが、正直そこまで歌詞に入れ込んでるわけではない。

ZOO

ZOO

自意識でパンパンに膨れ上がって、ちょっと触れただけで倒れてしまいそうだったあの頃の冬がちょっぴり懐かしい。