後日談

朝、そろそろ布団から出るのがつらくなってきたなと思ったら、今朝下の子が起き抜けに「今日はねむい」と首をしきりに振っていた。彼は夜の睡魔に勝てず、宿題を朝起きてやる習慣なので、これからの季節はたいへんだろう。
▼上の子は、今朝早く修学旅行に出発した。行く先はシンガポール。僕らのころは修学旅行で海外に行く学校なんて聞いたこともなかったが、円高の昨今、下手に国内を移動するより近場なら海外の方が安上がりなせいか、韓国、中国、東南アジアなどを修学旅行の目的地に選ぶ学校も増えてきた。高い安いは別にして、修学旅行を単なる学校行事に終わらせないためには海外に行くのが一番だと思う。若いうちの海外体験以上の教育はない。
▼先週末部活の合宿で一泊した長男は、今週は早々に修学旅行で金曜まで不在。月に二度は泊りがけの試合や合宿があり、夏休みなどの際には三、四日家をあけることもある。彼ももう高校二年。下の子が生まれて以来13年続いた四人家族の形も、実質的にあと一年だ。子供はこうして少しずつ親元を離れていくわけだが、不思議とさみしさはない。むしろいったんうちをあけて戻ってくるとうっとうしいくらいだ。不在の状態に慣れてしまうんだな。
▼「シンガポール超楽しみ」と相変わらずノーテンキに出かけていった長男だが、謹慎以来いまだにみんなとお昼を食べることを許されないというから驚いてしまう。それは、トラブルのあった生徒と謹慎三人衆がいっしょにお弁当を食べる習慣だったからだ。四人はそれぞれ別々の運動部に所属する同じ中学の出身だった。イジメの被害者とされた子も、中学までは部活をしていたが、高校に入ってやめたらしい。
▼うちの子たちにからかわれて苦痛だと先生に訴えたあだ名のなかで、本人が一番気に障ったのは「KD」だったのではないか。「高校生デビュー」彼は高校に入って部活をやめ、外見に変化が見られはじめた。高校でも部活を続けたうちの子を含めた三人が彼につけた他の呼称は、全てその変化した外見についてである。だから本質はこの「KD」に集約されている。
▼部活をやめた彼は、若さゆえの自己顕示欲を別の道に発散しようとした。目立とうとした。いきがろうとした。それをうちの子たちはバカにした。背伸びしようとするものにとって、うちの子たちは目の上のたんこぶだったろう。だがうちの子たちの方も、のみこまれないように毎日必死だという。上の子の通う学校は程度のいい方ではない。どちらかといえばのみこまれた生徒の方が多数派なのだ。
▼その程度のよくない学校の裾野には、どこにも行くところがない生徒の集まる私立高校がゴマンとある。学業でもスポーツでも、一部のエリートを除いてほとんどの子供たちが16ソコソコで目標を見失い漂流してしまう。もっと早くそうなってしまう子もいる。エリートでもなく、かといって無気力の波にのまれず自分を見失わないというのは、ほとんど奇跡に近いことだ。
▼今の日本を生きることは、本来無限の可能性を秘めた若者たちが、単に道を踏み外さずに歩くことさえ難しい隘路になってしまった。教育者たるもの、その細い航路の水先案内人でなければならないはずなのに、件の生徒はあれ以来学校に姿を見せず、長男はいまだにひとりぼっちで弁当を食べている。

月曜はグラタン、厚揚げ、五穀米

火曜はなめこの湯豆腐にきのこと海老のスープ。