出張と出稼ぎ

いやあ、ホントにひどい寒さだよ。こんな日は、と言ってもこの冬はほとんどそうだが、股引とトレーナーにユニクロのフリースをインナーにして、その上に制服の上下を重ね、最後にユニクロでない厚手のフリースを着込む。太っている僕はさらにもう一枚肉襦袢を羽織っているようなものだが、それでも寒い。
▼土曜は20時に帰宅すると、めずらしく子供たちが二人そろっている。普段は僕と下の子がだいたいこの時間で、直前に帰宅した下の子が待ちきれずに夕飯を食べている。長男はほぼ毎日22時過ぎだ。二人とも土日で部活が早く終わっても、また遊びに出て行くので結局この時間になる。それが彼らの生活リズムなのだろう。
▼テーブルがきれいなので久しぶりに家族みんなで食事かと思ったら、とっくに食べて片付けられた後だった。妻によると、二人とも昼過ぎに部活から戻ると一歩も外に出ず、仲良くサッカーゲームをしていたという。うちの子はこういうことに関して動物的なところがある。友達に誘われても寒かったり雨の中を押してまで出て行こうとはしない。人に誘われて断ったことのない僕とは大違いだ。
▼ゲームは下の子が人を銃で撃ち殺して回るようなグロいものを好んでやっているが、それによって僕が見たいテレビが見られない場合を除いて特に何も言わない。くだらないとか教育に悪いという理由で禁止してもやりたい気持ちが募るだけだろう。注意しなくても放っておけばそのうち飽きてやらなくなる。不思議なことに同じものには二度と手をつけない。繰り返しやっているのはサッカーとか野球とか普通のゲームである。
▼うちは経済的にはかつかつで、お金のことで思い切り互いを罵倒するような夫婦ゲンカを子供の面前でもガマンすることができないが、子供たちは慣れたもので平然としている。「〇○ちゃん(長男の名前)うちって貧乏なんて」「え、そうなん?知らなかった。友だちはうちがお金持ちだと思ってるよ」というような会話を交わしている。自分で言うのもなんだが、こういうのが育ちのよさというものなんだろう。
▼僕自身何かに追い立てられるような落ち着かない気持ちを引きずってきたが、彼らにそういう様子は見られない。子供が安心できる環境を用意できているとすれば、親としての役目は終わったようなものだ。端的に言ってそれは暖かい部屋、温かい食事、温かい寝床につきると思う。その意味では僕にできることはほとんどない。男は稼ぐしかないってことだね。
▼僕が仕事を頼んでいる土工さんたちは、北海道や東北からの出稼ぎの人が多い。きつい仕事だが、どんなに遅くなっても文句は言わない。鳶やハツリ屋や鍛冶屋には文句の多い連中もいるのにどうしてだろうと不思議に思っていたが、どうも工種の違いではなさそうだ。それは地元か出稼ぎかの差、単純に、進んでうちに帰ろうという気持ちにならないだけではないかと思いあたった。
▼彼らの仮住まいは、彼らの身元引受人である土建屋の敷地内に建てられたプレハブ小屋である。一人に与えられるスペースは、カラーボックスで仕切られた一畳だけだ。プレハブには冬の隙間風がいくらでも入ってくる。食事は朝昼晩冷たい給食弁当。トイレが仮設なのはまだわかるが、お風呂もその仮設トイレの並びのパッと見トイレと区別がつかない仮設シャワーユニットだ。北海道か東北か、ここより寒いところから来た人じゃないととても耐えられない。
▼寒空の中洗面器を抱えサンダル履きで震えながらシャワーの順番待ちした後、酔っぱらっていつも誰かが喧嘩しているプレハブ小屋で寝るくらいなら、このまま夜中まで穴掘ってた方がマシだと思うだろう。少なくとも残業代にはなる。いっそ線量の高いフクシマで働いた方がマシだと思うかもしれない。少なくとも単価はいい。
▼今、汚染水の不適切な処理が問題になっている現場で除染作業に従事しているのは、こういう人たちである。彼らが一生強いられる忍従に比べれば、多少の汚染水が側溝に流されることくらいなんでもないだろう。少なくとも不適切な処理だけを取り上げて非難するのはどこか違う気がする。
▼ところが彼らを搾取しているはずのゼネコンの職員も事情は似たり寄ったりなのである。現場ごとに移り変わる宿舎は一人一部屋ではあるが寒々しく待っている人はいない。帰ってもすることがないなら仕事してた方がマシだろう。毎日午前様で宿舎は寝るだけ。朝はコンビニ昼は給食夜は消極的な意味で何を食べるか迷ってしまう。楽しみは業者の金で飲みにいくことだけ。
▼よくなくなる週イチの休みには車を飛ばして必ず地元に帰るが、前日定時で上がれると決まったわけではない。日付が変わって帰りつき、翌朝が早いのでその晩のうちに宿舎に戻る。それでも休みにひとり宿舎にいる気はしない。出会いは現場に派遣されてきた事務員か飲み屋のホステスくらい。彼女たちが独身だったらラッキーだが既婚者でも略奪婚するしかない。
▼僕も月の単位で出張していたことがあるからよくわかる。二度とご免だ。その昔は旅行のような出張のある仕事がいいなと思っていたけれど考えが甘かった。現実の出張は、どちらかといえば旅行というよりは出稼ぎに近い。それはアルジェリアのプラントエンジニアも東北からの出稼ぎ労働者も同じである。あちらが英雄ならこちらも英雄だろう。
▼土曜はあまりの寒さにリクエストして鍋にしてもらったが写真なし。
日曜は鮭のソテーにマカロニサラダに中華スープ。

今日はクラムチャウダーにスパニッシュオムレツにガンモと厚揚げの煮漬しに明太コンニャク。英雄は美人の手料理でねぎらうのが礼儀というものだ。