神出鬼没

時折強い風が吹く中を東京に向かった。新婚旅行以来の、妻と二人きりの旅行である。結婚18年目の少し早い結婚記念日だ。道中晴れたり曇ったり、寒いような暑いような不思議な天気である。
▼とても休めるような状況にない僕は、前日も深夜帰宅で顔が腫れ、首筋が痛い。しかし妻がずっと楽しみにしていたイベントだ。既に一度延期している。これ以上延ばしても状況は好転せず、夫婦関係にヒビが入るだけだろう。行きたいところは妻が事前に調べあげている。僕は荷物を持って後ろからついてゆくだけだ。
▼昼前に品川駅に到着すると、まずは原宿に回ってカレー屋でランチ。11時30分の開店と同時に我々を含め二人客三組、おひとりさま三組が入店。狭い店内はたちまち満席である。12時までに1クール。ランチタイムの間はずっと満席状態だろう。それもうなずけるキーマカレーのうまさである。

▼席につきオーダーしてカレーが出てきてそれを食べて12時前に席を立つ。次は表参道ヒルズのアイスクリーム店。光速の寄せである。なんとたまたまその日が年に一度の無料サービスデー。こんな偶然あるのかな。

見回せば道の両側に総大理石張りの超高級ブランド店が並ぶ。今時パチンコ屋だって外壁に石なんか使わないのに。居並ぶ大使館より立派な店の品をいったい誰が買うのだろう。
▼それは僕が関係ないというだけで確実に存在する。竹下通りから目鼻の距離なのに、いつのまにか歩いている人の種類が変わっている。身につけているものも綺麗だが、綺麗さの質が違う。いいものであることは間違いない。そして上から下までまっさらだ。一度でも洗濯したものは二度と着ない固い意志が感じられる。その新品のきれいな服を着て、犬を連れて歩いている。血統書つきの毛並のいい犬だ。
青山通りを右に折れ、紀ノ国屋に寄ってパンを買い、渋谷を経て代官山に向かう。渋谷が近くなるにつれ、人の数が増える。ものすごい数だ。すれ違う人の着ているものがだんだん薄汚れてくる。右も左も飲食店だらけ。それもむべなるかな。これだけの人間の胃袋を満たさねばならないのだ。そしてまた渋谷を離れるにつれ、人も街並みも落ち着いてくる。
▼代官山では途中で書店の敷地をカットインしたが、どこが書店でどこがカフェかわからないほどいくつものカフェが散在している。そのカフェに入学式の母子がお茶を飲んでいる。ファッション雑誌から出てきたような母親だ。子供もうちの子たちとは違う。うちの子たちはこんなところでお茶飲んでじっとしてはいない。
▼ここではコンビニの客さえキレイな人が多い。太った人はひとりも見かけない。西洋人が多い。ドッグランスペースや犬猫病院もある。おそらくは書籍の売上なんかよりカフェの売上の方がずっと多いだろう。土地が書店のものならば、本の売上に期待したりはしない。主たる収入源はコンセプト料込の高額なテナント料だ。僕らも妻のお気に入りのブランドが経営するカフェで休憩。

▼時刻も15時を回り、いったんホテルにチェックインしておく。眺めのいい部屋がいいと、横浜のホテルに予約しておいた。渋谷から東横線でみなとみらいまで一直線。山下公園に臨むベストロケーションである。値段のことを言うのもはしたないが、海側のオーシャンビューのツインが朝食ビュッフェ付きで一万ちょっと。これが金、土なら倍以上だ。平日に利用しない手はないね。

▼ホテルに荷物を置いて再び行動開始。夕食は言わずもがなの横浜中華街である。
店の前には芸能人の来店記念写真やマスコミに取り上げられた記事を張り出しているところが多い。なんかおかしいと思ったら、どの店にもナンチャンが来ている。世界の小澤とキムタクのツーショットとかわけのわからないものもある。それでも芸能人の引きは抜群だ。
▼呼び込みの勧誘を振り払いつつ一回り。ランチにお茶にと食べ続け、翌日も予定がびっしりなので、軽めにアサリそばですませるが、これが大当たり。旬のアサリはプリプリの大粒で、最高の晩餐になった。

▼それから東横線で再び都心に向かう。渋谷経由で下北沢へ。妻のチェックポイントの古着屋へ行き、一日歩き回った靴ズレ対策に靴下屋に寄って、最後にマスターの店へ。マスターは僕たちの結婚式に出てくれたのだが、妻とはその時以来である。つまりは18年ぶりだ。開店して30年。上の子はもうじき、僕が初めてこの店の敷居を跨いだ年頃になる。早いものだ。
▼旅の模様をスマホからアップしながらの道中で、妻は「横浜にいたのにまたシモキタ?」と友人につっこまれていた。電光石火の神業で、妻の友人たちの全員が全員口をそろえて「無理!」と言った強行軍を完遂し、無事戻って参りました。つづきは次回。