パラレルワールド

陽射しは強烈だが驚くほどいい風が吹いている。西日本は依然真夏日のようだが、関東周辺では暑さも随分和らいだ。好天も今週まで。来週はもう梅雨のハシリだ。今日が初夏の名残りを味わう最後のチャンスだったかもしれない。
▼昨夜は同僚と飲み会。最近いろんな人によく誘われる。二日酔いの今日はベランダに面した居間でゴロゴロ。窓をあけていると寒いくらいだ。二週連続で貴重な日曜がつぶれてしまった。たいして飲んでもいないのにお酒が残ることが多くなった。三軒回れば翌日はほぼ一日ダメである。もう若くないね。
▼23年前の上野公園もこんな気持ちのいい日和だった。息せき切って坂を駆け上がってきた彼女に僕は目を奪われた。彼女は真っ白なブラウスに鮮やかな黄緑色のスカートをはき、小さな茶色のショルダーバッグをさげいつのまにか僕の前に立っていた。まるで今この瞬間に、突然天からこの世に降って湧いたような気がした。
▼一軒目は沖縄料理店。沖縄の人は顔立ちでわかる。お店の人も客も全部沖縄の人だ。生ビールが半額だったので喜んだが、お品書きの料理が少し高い気がする。そーみんチャンプルー、てびち、ソーキそばとどれもおいしいが量が少ない。結局支払いの合計はソコソコの額になって、生半額のお得感が消えてしまった。うまくできてる。
▼僕らはいったい何時に待ち合わせたのだろう。目的はブリューゲル展だったが、ゆっくり展示を見て回った後、その同じ日に上野公園を散策し、藪そばを食べ、アメ横を冷やかしたはずだ。それでもまだ足りなくて、僕らは御徒町駅で額をつきあわせて手持ちの小銭を数え、馬場の焼鳥屋に向かったのだ。話はつきなかった。一分一秒でもいっしょにいたかった。それは彼女も同じだったに違いない。
▼勢いがついて街に繰り出すことに。やってきた代行の運転手は顔見知りだった。二軒目は同僚の希望でフィリピンパブ。先週もそうだったが、相手の行きたいところに行くのが一番。そして彼我の趣味の違いに愕然としつつ、二度と自分の行きつけの店には連れていかない方がいいと悟るのだ。僕もこの年になってようやくフィリピンにも慣れてきたところだが、僕についたのは店で唯一の日本人だった。
▼馬場の焼鳥屋で僕らは互いのサイフの中身をテーブルにひっくり返し、注文するたびにそれをおはじきのように移動させて笑いあった。酔いも手伝って、何もかもがキラキラと輝いて見えた。お酒の入ったグイ呑みの底の青い輪っかがゆらゆら揺れている。人生に、こんなに楽しい時間があるなんて知らなかった。
▼フィリピンを出ると同僚と別れ妖艶なママの店に。先客が一人いたので乾杯し、マイボトルをロックでグイグイやる。マッカランがこんなにうまいなんて。ママはだいぶ体調が戻ったようだ。顔色もかなりよくなった。冗談でママを口説いていた一世代上の先客の話題が従軍慰安婦の橋下発言に移る。僕はずっと知恵の輪をしていた。すっかり酔いが回ってしまった。駐車場で代行を呼ぶとまたさっきの運転手がやってきた。
▼23年前の彼女とのアレコレに比べると、日常のアレコレが随分色褪せて見える。過去も現在も想像の世界も、それがどのくらいリアリティを持つかは人それぞれだろう。いつまでもフラれた彼女との想い出に浸る僕は論外にしても、やはり我々日本人は記憶力も想像力も欠如していると言わざるをえないのではないか。「僕だけじゃないもん。みんなやってるもん」なんて子供の言い訳じゃあるまいし。

僕がいない土曜日の夕食はちらしずしにそば。そして二日酔いの今日は大根の煮物にポテトサラダにキンピラゴボウ。