CM考

▼テレ東で懐かしのCM特集をやっていた。そこでTVとCMの関係について考えてみた。
▼最近テレビを見ていて気になるのは、番組がもう終わる頃になって、CM前に次の企画のダイジェストが流れ、「この後すぐ!」のテロップが流れることである。「時間的にどうよ?」と半信半疑ながら、惹句につられてついチャンネルそのままに待機してしまうが、フタをあけてみると次週の予告なのである。
▼バラエティのほとんどがこの手法を使っており、ドラマも追随している。見たい番組が終われば、視聴者は即チャンネルを変えるかテレビを消すだろう。スポンサーとしては最後のCM枠がほぼ無駄になることになる。
▼それを避けるための苦肉の策とはいえ、ほとんど虚偽に近いこのような制作の仕方は、テレビ局に対するスポンサーの要求の絶対性を物語っていて、なんだか空恐ろしい気分になる。
▼番組は視聴率が全て。出演者は好感度が全て。全てはCMのためにある。そういえば安いドラマ仕立のCMが増えていないだろうか。パチンコ、ケータイ、ハウスメーカーのCMのほとんどが連続ドラマ風に構成されている。しかもナンセンス。見る者に深く考えさせずに印象づける。動物に対する刷り込みと同じだ。
▼これを貧困ビジネスと呼ばずに何と言おう。我々はやはり何かに騙されている。知らず知らずのうちに巨大資本に搾取されている。
▼子供を軽自動車に残したままケータイ片手にパチンコする若夫婦が返済のあてもなくマイホームのローンを組むのを誰も止めようとしない。この国は「国民が主役」ではない。広告主が主役だ。
▼なんか一回おきにこんな調子で大丈夫かいな。