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カーラジオからは連日北朝鮮の突然の暴挙のニュースが流れてくる。車を運転しながら、僕はなぜか中学の入学式の日のことを思い出していた。
▼入学式の日、僕はトサカのような頭をした男に名札をよこせと凄まれたのだ。式が終わってまだいくらもたたないうちに、もう何人分も集めたという。「全部集めれば俺が一番だろう?」とその男は言った。膝を震わせながら僕が断ると、男は「覚えとけよ」と言って去っていった。
▼その後僕は、全国的にも強豪で鳴らす柔道部に入り、厳しい練習に明け暮れた。男は学校で擦れ違っても僕に声をかけることはなかったし、僕もそのうち「覚えとけ」と言われたこと自体忘れてしまった。
▼世界がもし僕が卒業した〇〇市立××中学校だったなら、さしずめ彼は北朝鮮だろう。めったに学校に出てこず、出てきたと思ったら暴力事件を起こす。両親はとうに離婚したと聞いた。片親と暮らす家庭はけして裕福ではなかったに違いない。
▼中学には彼のような不良がほかにも何人かいた。イラン、イラクリビアキューバパキスタン。僕はというと、西側諸国の一員であることにはちがいない。実戦経験はないが、柔道部に入ることでそれなりの抑止力も手にした。
▼三年間一度も同じクラスにならなかった僕は、その後の中学生活で彼と関わることはほとんどなかったが、周りの子は常に緊張を強いられてたいへんだっただろう。
▼今、国際社会は北朝鮮に対してどのような態度で接すればいいのだろうか。これといった資源もなく、困窮するこの国が世界の注目を浴びるには、暴力に訴えるしかないことはよくわかる。
▼悪いことをして目立たなければ誰も見向きもしない。自殺するほかないほど絶望的な孤独が永遠に続く。投資から見放されたそのような国が、世界にはあるのではないか。
▼富める者が貧しい者のことを親身になって考えることはけしてない。富める者が真剣に考えていることといえば、それは現状の維持である。彼らは何よりも秩序が崩壊することを恐れている。
▼中学校という世界に馴染めない子供もいる。そういう子供をどうするかは本当に難しい。先生という超大国に頼るのもひとつのやり方だが、件の彼は先生相手に傷害事件を起こしたこともある。