エアポート〜日本の中の外国

某地方空港の完成後の瑕疵工事というか補修工事に出かけたことがある。既に開港しているので、空港の営業が終了した夜の8時からしかできないという。
▼仕事を依頼されたゼネコンの監督の到着を待つ間、僕らはダンプの運転席から駐車場を眺めていた。営業終了直後とあって、駐車場の横の建物に制服姿の女性が次々と吸い込まれては私服になって出てくる。おそらくそこがロッカールームとみてまちがいない。
▼スッチー(死語?)らしき人から配膳のおばさん(死語?)ぽい人までいろいろだ。たまに男性も混じる。袖口に何本もワッカのある上着は最終便の機長だろうか。彼らは目の前の僕らが待機する駐車場にやってきては車に乗り込んで去ってゆく。
▼車はポルシェやフェラーリなどこんなところでしか見られない高級車から、国産の中古や軽までピンキリだ。今やこの業界もハイサラリーのセレブ職種ではないのだろう。機長らしき人がかなり年季の入ったボロ車に乗って夜の闇に消えていった。だがきれいなおねえさんがカラフルなポロに乗り、掃除のオバサンが地味な軽に乗ることはあってもその逆はない。高級外車の持ち主は、僕らが見ている間には現れなかった。
▼手続きは単に受付で必要事項を記入するだけで済んだが、監督によれば搭乗ゲートから向こう、つまり滑走路で仕事をしようとすれば、そこは日本であって日本でないみたいな感じで、行政上大使館のような扱いになっているかまではよくわからないが、入る手続きだけでも目茶苦茶たいへんらしい。
▼つい先刻まで駐車場から眺めていた裏口で受付する間にも、CAのいい匂いが脇を通り抜けてゆく。舐めるように視姦したい気持ちを抑え、俯きがちに材料と道具を運ぶ。施工箇所は待合と扉一つ隔てたバックヤード。ANA、アジアナ、大韓航空などこの空港に乗り入れている航空会社の事務所が並んでいる。もちろんとうに営業は終了している。
▼空港側の担当者からゴーサインが出て工事が始まっても、照明の消えた待合側からバックヤードに抜けようとする人がまだ残っていた。その日の最後の清掃を終えたクリーニングスタッフと、最終便の客室乗務員。
▼清掃用具とゴミ入れのバスケットを押した女性は、駐車場で見たオバサンと違ってとても若くて可愛かった。それだけにポロシャツにジャージにスニーカーの彼女と、続けざまに通過した髪をひっつめにしてスカーフに黒いストッキングにヒールのCAの差が際立った。
▼「ここは確かに外国だ。日本てこんな階層社会だったっけ?」その空港のためだけにつくられた山の中の立派な一本道を帰りながら、横並び平等国家日本の美徳を保つにはどうすればいいか考える。「社会主義ではダメだ。そうだ!CAと清掃職員の制服を交換すればいい。これは昔から童話にもよく出てくる古典的方法だ」自分の思いつきに満足した僕は、職人の運転する隣で眠りについた。