行く春

自分勝手に今日明日は代休消化日と決めた。といってもこのあいだの土曜のようなこともある。ケータイはじゃんじゃん鳴るし、稼動している現場は気にかかる。営業に完オフはないのだ。
▼それでも暮れから年度末があまりに忙しすぎて、ひとつくらい現場が動いていても気分的にはほぼ休日モードである。まあしばらくはのんびりリハビリだ。ママにお弁当作ってもらってお花見行こう!
▼お弁当といえば高校に通い始めた長男の弁当がスゴイ。僕なんか経済的な事情に迫られてようやく弁当作ってくれ始めたのがここ一、二年のことだが、内容的にはチンチン(冷凍食品)イロモノ(炒め飯)トンドンのローテーションだ。
▼それが長男が高校に入ったとたん、結婚以来僕より早く起きたことのない妻が、早起きどころか前の日から仕込みまでしている。できあがった毎日遠足みたいな弁当を、起きてきた下の子が何を思うのかじっと見ているというのが、ここ数日の我が家の朝の光景だ。
▼僕の弁当も長男のお下がりで少し彩りあるものになったが、それでもオマケ感は拭えない。あまりの差別に文句を言うと、「あの子は私がまだ育ててる最中なんですっ。食育は大事なんだから!」と逆ギレされてしまった。母の愛情オソルベシだ。
▼そのせいか定かでないが、うちの子たちはスーパーなどで買ってきたお惣菜や冷凍食品を食べない。特に上の子はその傾向が顕著で、カップラーメンすら食べようとしない。ママの手づくり以外のものはマズイと感じたらそれ以上けして箸をつけない。そのかわり米を変えるとすぐ気がつく。僕も食べ物のうまいまずいくらいはわかるつもりでいたが、マズイと思っても食べているようでは米の味までわからないかもしれない。
▼サンドイッチを持って湖の公園に桜を見に行く。僕らが陣取ったところは水面を渡る風をまともに受けて既に半分ほど散っていた。風を背にする対岸に目を転じると、今が見ごろの満開だ。早々にサンドイッチを頬張って湖畔の遊歩道を一周することにした。
▼時折ウォーキングやジョギングをする人たちとすれ違う。芝生にはベビーカーを伴ったママ友がサークルを描いている。少し寒いくらいだったが、歩き始めるとちょうどいい。うららかな春の午後だ。うちの子供たちにあんな小さな頃ってあったっけ?最初からどでかくて下の子なんか今でも赤ちゃんみたいだ。などと妻と話しながら通りすぎる。
▼「もう二度と戻りたくない世界だわ」妻がつぶやく。スタートしたばかりのドラマ「名前のない女神たち」の意味を、女性はすぐわかるが男性はピンとこないかもしれない。互いを「○○ちゃんママ」と呼び合う仲にママ友の関係性が象徴されている。「まあ私は我慢なんかしないし気の合う人とつきあってきたけど」
▼十年ほど前、子育ての真っ最中に妻がよくつきあっていた人たちは、個人的にはあまり恵まれた人生を送っているようには見えなかった。ひとりは精神のバランスを失っており、ひとりはほどなく離婚した。仮面を被り表面的な人間関係をうまくやっていける人たちだけが此岸の幸福をつかめるのかもしれない。
▼「子供は早く生んで早く育て上げるに限るわ」妻が言う。健康ではちきれんばかりだった妻の目尻にもいつのまにか皺が刻まれている。花びらがとめどなく降りしきっている。花見も今日が最後だろう。僕たち夫婦は確実に新しいステージを迎えようとしている。
花吹雪過ぎゆく春を懐かしむ