なんもいえねえbyコースケキタジマ

▼フランシスコッポラがコンラッド「闇の奥」に想を得て製作した映画「地獄の黙示録」。あらすじはこうだ。ベトナム戦争当時、米軍から離脱してメコン川最奥地に勝手に王国を建設した大佐がいた。暗殺司令を受けた主人公は単身ジャングルの奥深く分け入るが、大佐の狂気に触れるうち彼自身も…
▼最前線の戦闘シーンやジャングルのしょう気をまがまがしく、あるいはおどろおどろしく直截に表現することでベトナム戦争のイメージを提示しようとしたこの作品は、結果的にそのことに失敗しているように思える。同じフィクションならセンチメンタルな物語の匂いぷんぷんのマイケルチミノの「ディアハンター」の方が、むしろ時代の雰囲気を掴むことに成功しているかもしれない。
▼物事の実相に迫るために、そのものズバリをストレートに追いかけるという方法もある。ドキュメンタリーがそうだ。だが戦争の実際に触れるには、従軍するほかはないだろう。それができない大多数の人たちに、事の本質を大づかみに伝えるには、フィクションの方が有効な場合もある。
▼言葉ではとても表現できないような悲しい出来事。だからこそ同時代的にも後世にも語り継がねばならないような特殊な事件。個人的な体験もそうだが、人類史的な経験もあるだろう。戦争とか原爆、疫病や火山の爆発など。今度の東北大震災も間違いなくその部類に入る。
▼誰もそのことについて語る言葉を持ちあわせていないようなことをどうやって語るか。ここに黙示録という形式がある。そこに語られている事柄とは全く別のことが語られているような、それ自体が隠喩であるような物語。アポカリプス(ギリシャ語で覆いを取るの意)を黙示録と訳した人は天才だと思う。マジシャンは白い布をはぐって見せるだけで何も語らない。そこには一見何の関係もないようなものが置かれている。手品を見ている方はキツネにつままれたような気になるが、それしか方法がないのだ。
▼東北が、ヨハネの黙示録に出てくる千年王国なのかどうかはわからない。だが地獄の季節は過ぎた。そしてこの災厄について、第三者が何か言ってもあまり意味がないこともわかってきた。何かもっと別の、全く新しいやり方でなければ、僕ももう震災について語るのはやめようと思う。