すもももももももものうち

夏が旬の果物といえばメロン、桃、これから秋口にかけて葡萄や梨が出てくる。連休工事で久しぶりに例のガードマンを頼んだら、幸水をくれた。

子供たちは大喜びだ。頬張って食べる。取り合いになる。我が家では、毎日アイスクリームやケーキなどのデザートは欠かさないが、やはり本物の果物にはかなわない。子供たちが特に大好きなのが桃だ。桃をまるごと一個出してやると、下の子などは「夢のようにおいしい」と言ったりする。今年はまだその桃を食べさせてやってない。李は一度食べさせた。熟れすぎた見切り品だったが、それでも喜んだ。これが今回のお題の解釈その①
▼このあいだイオンに妻と買物に行った時、何気なく果物コーナーをのぞいてズッコケた。福島産の桃が四つ1パックで780円。一個200円近くする。家族四人で食べれば一度でなくなる。とても手が出ない。冷凍のカットマンゴー、ブルーベリー、イチゴにアイスクリームとヨーグルトをかけた我が家の夏の定番デザートは、それぞれ一袋百円前後。ドンブリいっぱい作っても三回分はある。

コーラなどジュースのペットボトルは1.5㍑入りで150円前後。もちろん一遍にはなくならない。いけないと思いつつ、ついそっちに手が伸びてしまう。
貧困層の肥満が社会問題化しているアメリカ。肥満の原因は、貧乏人の口には生鮮食品が入らないためと言われている。郊外の大型ショッピングセンターへの交通手段を持たない買物難民の主体は、日本では高齢独居世帯だが、アメリカでは貧困世帯らしい。お金も移動手段もなく、生鮮品が売っているところまでたどり着けない。仮にたどり着いても買うお金もない。
▼生鮮品を置いてなくて、貧乏人にも購入可能なチープなジャンクフードが置いてある店はそこらじゅうにある。アメリカでは貧困層向けの配給チケットがあって、その手の店舗ないし食堂を大手ファストフードチェーンや食品会社が牛耳っているという仕組みらしい。
▼貧乏人は、さながら巨大資本の薄く広い収奪機構の網の目に組み込まれたブロイラーだ。彼らが飼育する牛や豚や鶏となんら変わるところはない。食べているものまで同じ。穀物メジャーが大量生産する遺伝子組換品だ。誰もが問題の所在がわかっているのに、どうすることもできない。巨大資本に訴訟を起こしても勝ち目はない。
▼桃780円に対して、食パン一斤は今や78円で買える工業製品だ。この食パンのまずいことといったら。パンの味が全くしない。上の子なんか手をつけない。これはもう食パンの形をした別の食べ物だ。かなり収入が低くても、この食パンと、1パック98円の卵と、百円以下の加工乳と、ソーセージやハムなどの加工肉で、それなりに生活することは可能だろう。うまくすればジュースより安いPBの第三のビールで酔うこともできる。尊敬する人気ブロガー女史の提唱する格安経済圏の世界だ。だがここで桃を口にするのは難しい。いや、この世界に桃は売られていないだろう。それでは子供たちが可哀相だ。
▼さて、退陣が確定したとたんツキモノが落ちたように淡泊な菅総理に話題を移そう。発覚と同時に震災が発生して命拾いした外国人献金問題が、やはり延長国会で再燃した。前原前外務大臣も同様の問題で辞任している。実際は在日韓国人から百万円程度の献金を受たという話だが、菅氏の言い分によると、献金を受けた時点では相手が外国籍であることは知らなかった、認識した時点で返金したという。これのどこが問題か。知らなかったのだから仕方ない。金額もたいしたことないと思う人もいるかもしれない。だが菅総理はしてはならない過ちを犯した。これが今日のお題の解釈その②。
▼この問題の本質は、今やすっかり芸能界に転身した感のある元小泉チルドレン杉村泰造氏が、ある日のサンジャポで語った元総理のエピソードに余すところなく表されている。いわく「小泉さんのスゴイとこは、チルドレンの女性議員がバレンタインに義理チョコなんか渡すわけですよ。その五百円の義理チョコに千円の送料かけて全部送り返しちゃうんです。徹底してた」李下に冠を正さず。僕もガードマンに梨貰って喜んでるようじゃダメだね。
▼実際仕事の成否は「相手をいかに接待し、自分がいかに接待されないか」にかかっている。我々が仕事をもらうために客先を接待するように、下請の親方は我々を接待しようとてぐすね引いて待っている。その誘惑に身を任せてもいいが、それをやればもう上には上がれない。今の会社で最初に社長に教わった鉄則は「リーダーたるものどんな場面でも相手に支払いさせてはならない」ということだ。私財を注ぎ込み、一身を犠牲にしなければ仕事上の成功はない。ましてや立場を利用して経費でおいしい思いをしようなんて、考えただけでその人はアガリだ。
▼さて、桃の話だ。その昔池袋に「桃李」というソープランドがあってずいぶんお世話になった。その店先で、ある日偶然先輩とバッタリ出くわした。僕は体育会系なので、飲んだ勢いでみんなでソープみたいなノリには慣れたものだったが、文化系の彼はかなりきまり悪そうだった。その時彼が照れ隠しに呟いたセリフが面白くて、今でも時折思い出し笑いしては家人に気味悪がられている。いわく「桃李物言わざれども下自ずから道ができるってネ。じゃ、お先」
▼「桃李」は高級店ではなかったが、大衆店でもなかった。池袋には他にも「ふくろ」という格安店があって、件の先輩とすれ違ったのは一度や二度ではない。でも先輩の気持ちはわかる。今にして思えば「ふくろ」の女の子はトウが立っていたかもしれないが、入口を潜る瞬間のドキドキ感は「桃李」となんら遜色なかった。これが今日のお題の解釈その③。
▼桃の季節に思いつくことを思いつくままに並べてみた。社会派ブロガーの近未来予想図は格安経済圏かもしれないが、僕は先輩の言う「自ずから道ができる」桃園のような場所を想像したい。それは確かに理想郷かもしれない。少なくともリーダーが桃を口にしていては実現は不可能だ。子供に食べさせてやらなきゃ。