袖触れ合うも多少の縁

九月も半ばを過ぎるというのにひどい暑さだ。今年は八月初旬までは冷夏と思いきや、お盆前後には例年並みの真夏日が戻り、野分が秋の風を運んできたかと思ったら、すぐに厳しい残暑がぶり返すといった具合に、短い周期で空気が入れ替わる忙しい夏だった。一般的には「節電の夏」として記憶されるのだろうが、ガマンを知らない我が家のクーラーは源泉かけ流し状態だ。だがそれも明日からの雨で終わりだろう。午後、ハシリの雨が上がった空に虹が出ていたな。
▼さて、工事の後直帰してさっそくパソコンで「東京自由人日記」をフォロー。今日のお題は映画「監督失格」の紹介だったね。平野勝之監督はアダルトビデオの監督と言った方が一般には通りがいいが、元来個人映画というジャンルの映像作家で、純血のエロ業界人でないらしいことは、小説家の高橋源一郎氏が自身のコラムで絶賛したり、監督のAV作品に出演までしちゃったりしていることからもわかる。実際僕自身、彼のビデオではヌケなかった。
▼もうひとりの主役、ヒロイン林由美香は90年代前半、AV全盛期の人気AV女優だったのだが、05年に34才の若さで急逝したのはご承知の通りである。彼女が単なる若者たちのオナドルにどどまらない影響力の持ち主だったことは、新鋭松江哲明監督の「あんにょん由美香」や平野監督自身の「わくわく不倫旅行」(「由美香」)など、アダルトの枠を超える作品の被写体になっていることからもうかがえる。
▼実を言うと、僕は一度リアル由美香に会ったことがある。当時編集していたエロ本の企画にAV女優インタビューの連載があって、業界になんの人脈もない僕は、編集費節約のためにスチール写真の撮影をお願いしていた先輩編集者に、出演者の人選から交渉、ロケーションまで丸投げ状態だった。そのうち人気女優だった林由美香の順番が回ってくるのはある意味自然の成り行きだった。
▼昼下がりの高田馬場の居酒屋で行われたそのインタビューは、ライターが、その後単行本にまとまった「AV女優」でブレイクした永沢光雄さんだったのか、あるいは「異能の女」の荒玉先生に交代していたのかも覚えていないほど印象の薄いものだった。照明の暗い店内は、偶然その号の一色刷りと同じセピア色のモノトーンとして僕の記憶に残っている。
▼その日は雨が降っていた。実年齢は僕より四つ下であるはずの林由美香は、随分大人びて見えた。気安い仲間とアルコールの力で、彼女自身の口から彼女についての何か面白い事実が語られるはずだという僕の甘い期待は端から裏切られた。彼女はお茶をたのんだ。店にいた時間も正味一時間にも満たなかったと思う。
▼彼女は旧知のカメラマンとライター相手に世間話をするだけで、駆け出し編集者の僕に一瞥もくれなかった。今にして思えば、それは僕が駆け出しだったからでも彼女が人見知りだったからでもなく、仕事に向き合う僕の姿勢に対して、彼女が示した態度だったのだと思う。実際あの内容で、よくページが埋まったものだ。もうどんなものだったか忘れたが、きっと年表のような記事だったに違いない。雑誌のできあがりがそのようになることが、インタビューの時点で彼女には見えていたのだ。失礼なのは僕の方だった。まさに「編集者失格」だね。
▼たぶん彼女は生きている間に、あの覚めた目でいろんな人にいろんな失格の烙印を押して回ったんだろう。きっとそれは、癖になるような魅力を彼女にまとわせたに違いない。あれだけ有名だったのに、深夜のレンタルビデオ屋で一度たりとも彼女の作品を手に取ろうとは思わなかったのだから、個人的には好みのタイプじゃなかった。その林由美香といっしょに自転車旅行したり、遺体の最初の発見者になるほどの関係だった平野監督に嫉妬してるんだから不思議だ。

十六夜の月の火曜は野菜ラーメンにひじき煮。

手作りの惣菜満載のプレートは同日の長男の夕食。この差はなんだ?長男に嫉妬してしまう。というより妻の感覚が不思議だ。
立待ちの月の水曜はボーリング大会でウチゴハンなし。居待ちの木曜は冷やしラーメンに根菜サラダ。

そして寝待ちの月の今夜はタケノコと手羽先の炒め煮に煮魚。

▼立待ちとは立って待っていれば月が出るの意だが、AVでタチマチと言えば男優が回復するのを待つ時間のことだったな。遠い昔の話だ。僕もいい年になった。林由美香なら「○○クンまだまだだね」と言うかもしれない。声をかけてもらえるだけでもいいか。