モリチャンの最期

僕ログでも紹介したオバケナスビのモリチャンが他界した。豪快な自然児の大食漢だったので、あまりのあっけない最期になんだかキツネにつままれたような気分だ。肺炎の入院治療が約三ヶ月かかると聞いたのが、月初の全体朝礼でのことだった。入院先は僕が無呼吸の治療にかかっている総合病院だったので、行った時には病室をのぞいてみようと思っていたのだが、先日の診療日にはすっかり忘れていた。ごめんよモリチャン。
▼モリチャンは、今では数少なくなった会社のベテラン現業社員だ。土建屋の重機オペと言ったらわかりやすいだろうか。数年前にひと月ほど、出張先のひとつ屋根の下で寝起きしたことがあるが、それ以外は現場がいっしょになることはほとんどなかった。印象は大方の評判と同じで、気分屋で調子に乗るとめちゃめちゃ仕事が早いが、集中力が続かずポカも多い。大型重機のポカは重大災害につながる。安全第一の昨今では要注意人物とみなされていた。
▼バケナスだけでなく、タコツボやマムシなど、枕に事欠かない数々の逸話を持っていた。仕掛けたタコツボが気になって一目散に帰るので、出張帰りの高速で道具を満載したモリチャンの軽トラに追いついた人は誰もいない。そのタコで作った梅酢漬けは絶品だったなあ。出張中はイオンでツマミを買い込んで毎晩宴会だった。とにかくのべつまくなし食べていた。
▼半日で三日分くらいの仕事をするので油断していると、午後から行方不明。みんなして捜索すると、現場の裏山でタケノコを掘ってたりするような人だった。こういう人は現代社会では生きにくい。今は何日分やろうが途中でドロンできるはずがない。一日分の仕事を一日かけてやる、管理しやすい人の方がいいのだ。
▼二、三年くらい前に同僚を重機で跳ね飛ばして以来、「会社にいてもいいけどそのかわり仕事には手を出すな」みたいな扱いになり、あちこちの現場でさみしそうにポツネンと立ちつくす姿が目撃されるようになる。それもまた「誰もたのんでないのにいつのまにか来てるんだよな」といった笑い話にされた。その後もほとぼりがさめる頃になると思い出したように事故を繰り返していた。
▼親しい下請の親方に別件で電話した際、モリチャンの話になった。「オレも日曜に見舞いに行くつもりが行けなかったんだ。そしたら一昨日電話があってさ。すぐに切れたからかけ直したら「かけてない」って言うんだよ。それで今日こそ行こうとした矢先にこれだ」一昨日は僕が病院に行った日だ。日曜に親方が見舞いに行って、僕が一昨日病室を訪ねていれば、また違った結果になっていたかもしれない。
▼月初の全体朝礼で、社長は「みんな見舞いに行くように」と言った。しかしそれ以前に会社は、赤子の手からおもちゃを取り上げるようなことをしていたのではないか。そして同僚の多くもまた、僕や親方のように「そのうち」と思いながら、ついつい忘れていたに違いない。
▼通夜の会場には会社関係の弔問者がひきもきらず、記帳するのに時間がかかった。だが焼香の祭壇前に並べられた椅子に座っている人はおらず、むしろさみしいくらいだった。今朝早くに亡くなって、もうお通夜。そして明日は告別式だ。これはきっと勤め先用の仮葬儀に違いない。本葬は、故郷に帰ってもう一度行われるのだろう。モリチャンおつかれさま。やっと帰れるね。
▼飲み食いするのがとにかく好きだったモリチャンを偲んで、禁酒のウイークデーにもかかわらずエビスビールを買って帰った。モリチャン、今夜は僕の妻の手料理でもいっしょにつつくかね。ジャス子さんの惣菜よりきっとウマイと思うよ。

昨日は牛肉とゴボウの混ぜご飯にピーマンの肉詰。そして今日は串カツにダイコンの煮付にマーボ豆腐。

いかん涙が出てきた。献杯。合掌