朝の顔、夜の顔

11月に入っても夏日は続く。車を走らせていると、よく朝顔を見かける。午後、陽が傾いて光に色がつき始める頃、紫色のきれいな花を咲かせている。あるいはこれを夕顔というのだろうか?見たところ朝顔そのままだ。なんだか奇妙な感じがする。
朝顔や季節はずれの狂い咲
▼東北部隊ががれきの撤去という当面の仕事を終えて帰ってきた。今後は石巻港に場所を移し、大手ゼネコンの二次処理プラントの下請の仕事をする予定らしい。実年齢も入社時期も僕と近いチームリーダーは、社内で唯一飲み仲間と言える間柄だ。さっそくサシの慰労会を申し出る。
▼やっぱり同世代はいいな。酒が進む。彼によると、あちらで強く感じるのは、少しでも早く復興を進めてほしいという一般市民の声とは裏腹に、できるだけ細く長く復興事業にたずさわっていたいという地元建設業者の強い欲求だという。
▼この話を聞いて僕は、ニュース9がTPP参加問題で取り上げたある兼業農家のことを思い出した。彼は米作農家としてはTPP参加なんてとんでもないと思い、自分が勤める部品加工会社の課長としては早くTPPに参加してほしいと思っている。そのどちらもが偽らざる本心からの気持ちなのだ。そして日本の農家の7割方は彼のような兼業農家だ。
▼同僚が被災地で感じた矛盾も、構造不況に悩む地方の建設業特有の問題というよりは、人の心に内在する二つの側面という全ての人間に共通する性質のような気がする。建設業に従事している人たちも、ひとりの東北人としては故郷の一刻も早い復興を望まないはずがない。だがその同じ人が生活者としては、食べていくために復興事業の遅れさえ期待してしまう。
▼同じ一人の人間の中で立場によって全く逆の考えが宿る。それが人間だ。消費者としては物価が下がるのは大歓迎だが、働く側からすればデフレは諸悪の根源だ。あるいは現役時代敵だと思っていたデフレが、リタイアしたとたん心強い味方に思えるという具合に、時間軸で考え方が変わっていくことだってあるだろう。
▼これはなかなか示唆に富む事実だ。世の中のたいていの難題が国論を二分するのも頷ける。それは人間に内在する性質がそうさせているのだからね。意見の違う人の数が拮抗しているのではなくて、そもそも誰だってどっちに転んだっておかしくないのだ。
▼僕がこのことから得られる教訓があるとすれば、それは次のようなものだ。どんなに信ずるに足ると思われる思想や意見も、入れ込みすぎるとバカを見る。人間というものは、真夏の原発反対デモから帰って真っ先にクーラーのスイッチを入れる生き物なのだ。矛盾を潔しとせずクーラーをガマンしても熱中症になるだけだ。首尾一貫なんて考えずに是是非非で行こうじゃないか。
▼定時で上がって焼鳥屋で飲み始め、焼酎のボトルが空いてもまだ七時。一軒でおさまるはずがない。代行でフィリピンパブへ移動。自分からはけして行かない場所だが、ハテ、随分前に別の人と来た時も同じ店だったような?きっと名店なのだろう。フィリピンパブが進化したのかあるいは飲み過ぎたのか、女の子が日本人に見える。たしかに名店に違いないぞ。いや酩酊か。ナンチテ。
▼勘定はコッチ持ちで慰労するはずが、4時間ズッポシ延長してワリカンになっちまった。スッカラカンで帰りの代行代もなく、車中泊のつもりがさすがに夜は冷え込んで眠れない。そのうち気持ち悪くなって一晩中ゲロンパゲロンロやってた。ったくいい大人のすることじゃないね。結局東北の話なんて5分もしなかったな。でも同僚も「向こうじゃ仕事仲間と酒飲んでも仕事の話しかなくて煮詰まっちゃって…」と嘆いてたっけ。

月曜は豚の生姜焼きにスパサラ。昨日は大酒で焼鳥を胃袋に収めたつもりが逃げられちまった。