渡る世間に鬼は

あまりに日が経つのが速くてちょっと気を抜いたらもう年が変わってそうな勢いだが、仕事で年明けの予定を話しているとずっと遠い先のような気がするから不思議だ。来年の話をすると鬼が笑うっていうけどほんとだね。
▼仕事から帰ると起きていた下の子が、お風呂から上がるともう眠っていた。妻によるとテレビの人気番組「逃走中」を真剣に見すぎて疲れたんじゃないかという。このシリーズももう何回になるかな。単なる鬼ごっこが大人気の二時間スペシャルになりうることを発見したプロデューサーはたいした眼力だ。鬼ごっこの単純なルールの中には、ハラハラドキドキの原因になる何かが隠されている。寡聞にして僕が知らないだけで、鬼ごっこについては民俗学的あるいは精神分析学的におもしろい研究がなされているに違いない。
▼世田谷一家惨殺事件以来、年末になると血なまぐさい事件が起こるような気がするのは僕だけだろうか。先日長崎で起きた二女性殺害事件の犯人は、殺害された女性の三女の元恋人で、三女と父親は警察にこの男からのストーカー被害を相談していたそうだ。三女は男と昨年暮れインターネットの相談サイトを通じて知り合い、七月まで千葉県で同棲していたが、男に暴力をふるわれて逃げ出したらしい。男はこの暴力についても警察から注意を受け、おとなしく三重の実家に帰ったという。三女もまさか自らの短慮がこのような惨劇にまで発展するとは夢にも思わなかっただろう。
▼長崎出身の女性と三重出身の男性がネットで知り合って千葉で暮らすということの中に、この事件の、いや現在の日本の社会の全てが凝縮されている。彼が彼女に暴力をふるった仮暮らしの小部屋は、小奇麗なだけでオモチャのような賃貸住宅だったことだろう。それに比べて被害者の実家を写すヘリコプターからの映像はどうだ。内心僕は驚いた。母屋があり、離れがある。しっくいで固められた昔ながらの瓦葺きの大屋根だ。造成地に似たような箱が並んだ吹けば飛ぶような建売住宅ではない。日本にもまだこんな家があったのだ。
▼長崎だけでなく三重だって千葉だって、日本中どこへ行ってもこんな家に住んでいる人の方が今はめずらしい。だがそのような土地の名士以外に、地方にその土地特有の何があるというのか。最初は三女の方が鬼だったのだ。三女は自分が鬼であることに気づかないままネットをいじってるうちに男に接触してしまった。鬼になった男は女に手をあげ、さらには長崎まで追いかけてくる。並外れたエネルギーだ。人二人を殺めることもそうだが、長崎まで追いかけてくることもである。何かが乗り移っていなければできることではない。長崎で男は、自分を鬼にした原因が何であるか知ることになる。たぶん男はタッチしたかっただけなのだと思う。それが結果的に三女の母親と祖母を殺害するという形になった。
▼三女は本当はそうではなかったが、今の日本はこのような、地縁とも血縁とも切り離された住宅メーカーが売りまくる段ボール箱のような住まいの中で、ネットを利用して好縁とだけつながろうとする虫のいい人たちがほとんどだ。プライドが無意識のうちに抑圧しているので気づかないけれども、実のところホンモノの段ボール住まいの浮浪者と大差はない。昔はこのような浮遊層のことをデラシネ(根なし草)などと揶揄したが、今はこちらの方が多数派なのでそんな特別な呼称を使う必要もない。
▼そんなデラシネの一人である僕の今日のウチゴハンは得意のパスタ&トーストサラダ。
このメニューでビール飲まないなんて人生の楽しみをむざむざ捨てるようなもんだと思い缶をあける。ここ数日は妻がパート先からお歳暮のお裾分けでいただいたスーパードライだが、サッポロ黒ラベルを飲みつけて以来他のビールがまずく感じる。明日は忘年会、あさっては冬至&妻の誕生日、しあさっては天皇誕生日&友人の命日、その次はクリスマスその次は…