薬指と中指の想い出

週初めに少し温かい雨が降ったものの、再び厳冬に逆戻りだ。冷たく強い風がびょうびょうと唸り声を上げている。気温が10度を切ると、やはり身体にこたえる。風邪をひきやすくなるということもあるだろうが、劇画チックに言えば古傷が痛むという意味である。
▼僕は右手の中指と薬指の第一関節から先を落としたことがある。豆腐製造工場の夜勤で、オカラ集塵器のつまりを直そうとして巻き込まれた。落とした指先を同僚がオカラの山から見つけてくれなければ、今頃僕の指は豚に喰われていたことだろう。拾った指先を氷入りのビニル袋に入れて丑三つ時に救急車の中で右手を上げたまま病院に運ばれていく道中は、さすがに心細かった。
▼もうはっきりとは覚えていないが、午前中から夕方まで長時間に渡る手術の末、メインの神経と血管を一本ずつ繋いだはずだ。手術の後、見舞いにきた母親が病室で「もうこんな危ない仕事はやめなさい」と言った。その時は「何言ってるんだ。そんなこと言ってたら働けるとこなんてないよ」と思ったものだ。
▼最高でも気温が一桁にとどまるような真冬日は、この血のめぐりの悪い指先がかじかむ。感覚的には正座をした足が痺れるような感じかな。左手で触れてみると確かに二本だけが冷たい。
▼当然のことながら、退院してもしばらくは仕事に復帰できなかった。入院費、手術費、休職中の給料(確か八割程度だったと思う)は全て労災保険で賄われた。個人の生命保険から日額五千円程度の入院手当が出た。かなり後になって指の状態が安定してから、障害給付金の認定を受けた。詳細は覚えていないが、十何等級あるうちの一番軽いもので、いくばくかの一時金が出た。
▼これらは不意の事故によって生じた急な出費や、休職中の給料の減額分を補てんして、ちょうどプラマイゼロになるくらいの額だった。傷も癒え、一連のゴタゴタが落ち着いた頃、夫婦で「世の中の仕組もうまくできてるし、僕らの入っている保険も適正だね」と話したことを覚えている。
▼豆腐工場に勤める前、僕は墓石屋に勤めていた。そこで僕はケガをして休んでいた職人が新車に乗って復帰してきたのをこの目で見た。彼は骨折して休んでいた三ヶ月の間、ずっと入院していた。日給月給で国民年金も住民税も納めていないというような話を聞いていた人が、どういうカラクリでそういうことが可能なのかわからないが、彼はケガをした後もろもろの給付を受ける手続きに奔走し、それらを完了した後、ケガをした日を偽って病院に行ったという。
▼保険金詐欺のような犯罪にあたるかどうかはわからない。ひどい地域だと生活保護の給付日には花火が上がって市が立つという冗談のような話が本当だと、ケースワーカーをしている友人に聞いたことがあるが、よく耳にするこの手の話を自分の目で見たのは初めてだった。その墓石屋の跡取り息子が、職人に混じって墓地に立っている僕を見て「さすがに毛色が違うな。掃き溜めに鶴だね」と言ったことがある。仕事の後いっしょに飲めば気のいい連中だったが、勝ち組ばかりの同窓会を僕が場違いだと感じたように、墓石屋も豆腐屋も自分のいる場所ではなかったと思う。
▼今、ケガをした指がどんな状態かというと、第一関節はさすがに曲がらない。もし僕がピアニストなら、演奏家生命を断つほどの大怪我だろうが、実際にはパソコンのキーを打ち間違える程度である。それからボーリングが思い切ってできない。理屈ではもう問題ないのはわかっているのだが、ボールの穴に指を入れて投げるといっしょにもげてしまいそうな気がする。まあいったんはこの身を離れて再び戻ってきたのだから、それくらいは仕方ないだろう。逆に「自称ボーリング障害一級」は飲み屋の女の子相手のいいネタになっている。
▼自分の居場所探しをしているうちに年をとってしまったね。今ではこの狭い仮住まいだけが安息の場所だ。月曜のウチゴハンをもう忘れてしまった。ホントにイワシの記憶力だ。

火曜は大根の煮込みに大根葉のご飯のお伴にツナポテサラダ。
昨日はビーンズサラダにカレー。水曜は妻がヨガ教室で遅いので、カワキモノをアテにビールを飲んで待っていた。妻が帰っていざ写真撮りという段になってケータイをジムに忘れてきたという。さすがに待てず写真なし。ビールを飲んだのは今日がお休みだからです。つづきはまた次回!