男の修業

3月に入ってにわかに春めいてきた。冬の間手放せなかった股引もここ三日ほどご無沙汰だ。今日は先週日曜出勤の代休日だったが、結局早朝から昼過ぎまでほぼ一日仕事するハメになった。昼間現場で指示することになったのは、年度末で会社全体の仕事量が増えて監督をひとり引き抜かれてしまったため。早朝に事務処理をしなければならなかったのは、昨日家族で食事する約束をしていたので現場から直帰したからだ。男はいったん外に出ると7人の敵がいるというが、仕事の足を引っ張るのは敵どころか常に身内なんだな。
▼一昨日はその若い監督の送別会でまた一杯飲み屋に。何度か書いたようになんでもそつなくこなす優秀な監督ではある。僕はなるべく人のいいところを評価しようと思うのだが、それでも物足りないところは多い。他人のプライドを傷つけないように、最初から否定せずアドバイスする形だと、自信家の人が多いのかほぼ100パー無視される。それをたいていのことには目をつぶり、どうしても譲れない部分だけ、その人にわからないようにフォローしていくのは相当に疲れる。はっきり言って二度手間だ。結局ひとりでやった方がいいんだけど、それも相当に疲れるし物理的に不可能な場合もある。
福島原発事故の関係者の対応について、第三者委員会による調査報告により当時の状況が明らかになりつつある。震災前の平時から既に資質に疑問符がついていた管氏が、非常時において決定的にリーダーの適格性に欠ける人物であったことがよくわかる。リーダーに求められる資質で大事なことは、個別の判断の是非より周囲の人間と信頼関係を築く能力だ。人間なにもかもひとりでできるわけではない。部下のやる気と能力を十二分に引き出して事にあたる方がマンパワーを有効に使えるわけだ。しかし同時に「縁なき衆生は度し難し」というのも一面の真実だと思う。そしてどんな人も一様にプライドだけは高いのである。
▼酔うにつけ、同世代の所長が「今でもオレが測量や写真撮りしてるくらいなのに会社は何考えてんだ」「この年になってこんな下働きするなんて思ってもみなかった」と愚痴を言う。相槌を打ちながらも「僕はどんな仕事にもそんな風に感じたことはないけどな」と思う。若い監督に「今一番油がのってるっていうか仕事がおもしろいんじゃない?」ときくと、「正直ただ現場をこなしていくのはつまらない。もっと上にいきたい。ラクをしたいってわけじゃないけど…」と言う。「上にいくほど背負うものが大きくなってずっと大変だと思うよ」と彼には言っておいた。どこまで理解したかはわからないが。
▼僕にリーダーの資質がないのは明らかだし実際リーダーでもないが、管氏のようにヒステリックにならないように気をつけると、行きつく先は暮れに観た映画「聯合艦隊司令長官山本五十六」の世界のような気がする。好戦的な人たちは、勝つことを疑わず、戦況を甘く見るものだ。今僕はブーゲンビル島上空で撃墜されることを半ば覚悟の上で一式陸攻に乗り込む山本五十六の心境だ。この戦いの責任は全て私にある。別にリーダーじゃないけどね。
▼給料日直後の恒例の外食は近所に開店したばかりのハンバーグチェーン。客席に持ってきた後で鉄板に押しつけて仕上げ焼きをするパフォーマンスがウリだが、開店一か月で飛び散った油で床がツルツルになってた。

半ドンの今日も妻とランチ。仕事がズレこんでランチタイムぎりぎりに街中の古民家風創作和風料理屋に滑り込む。


「三種の前菜はこちらがゴマ豆腐、こちらが…」仲居さんがおもむろに料理を説明し始めた。「えっ!この量で説明?」と意表を突かれたが、前菜が終わるとプイと踵を返して行ってしまい二度びっくり。いろんな常識があるもんだ。
▼よく言えば遅いランチにぴったりの上品な量だが、一瞬自分が老人になったと錯覚してしまったよ。年寄夫婦の食卓ってこんな感じじゃないかな。あっというまに平らげて席を立つ。妻が料理の写真をスマホfacebookにアップすると即座にいくつものコメントが帰ってくる。妻の友人たちはおそらく「これからランチなのね…」と思ってるだろうが、どっこいもう店を後にしてるんだな。僕らのスピードはリアルタイム以上なのだ。

帰りにいつものパン屋でライ麦のブールを買って、お伴に生ハムとブルーチーズをゲット。そしてメインは春菊と菜の花のトマトソースパスタ。

妻が相手じゃ外食産業もたいへんだ。