現代のカンダタ

大荒れだった先週から一転して今週は梅雨の中休み。もっとも長い日本列島の南の端や西の端、ようするに九州では梅雨前線も活発に活動中のようである。
▼さて、ジメジメとした季節に活動が盛んになる生き物といえばクモ。先日取引先の事務所の木床を取っ払って土間を打った時、床下から大きなクモが出てきた。家の中でよく見かける種類で、たしかアシナガグモといったと思うが、腹に白いタマゴを抱えていた。今まで僕が見た中で二番目に大きい。
▼ちなみに一番大きいのは墓石屋の時に見たやつだ。墓石の下にはよく大きなクモがいた。職人は平気で掌にのせて脇に逃がしていたが、殺すようなことはしなかった。見るだけで身の毛がよだつほど気味が悪く、さわるなんてとても信じられなかった。古い墓を新しくする改葬や土葬掘りの時は雨になることが多く、それがクモに結びついているのかもしれない。
▼事務員さんがクモジェットとかなんとかいう駆除スプレーを手渡してくれたが「守り神かもしれませんよ」とうまい具合にごまかした。「えーっ、そうなの?この前出てきたやつには思い切りかけちゃったよねー」「ねー」「でもクモのオスってメスに食べられちゃうっていうから大きいならメスね」なんて、トウのたった事務員が二人、束の間少女に戻ってはしゃいでいる。「なに?子が散ったか?」年季の入った客先の部長はクモの生態についても詳しいようだ。
▼大人になっていつの間にかさわることもできなくなってしまったが、子供の頃はクモでよく遊んだものだ。クモのケンカと言えばコガネグモのクモ合戦が有名だが、僕らはジグモ(正式にそんな名前かどうかはわからない)だった。
▼ブロック塀が地面と接する角のところに白くて細い袋がくっついて地面の中に続いている。それをつまんで引きずり出し、袋を破ると中から体長1〜2センチほどのズングリした黒いクモが出てくる。そいつを小さな透明のヨーグルトかなにかの空き瓶に二匹入れると、大きなアゴを使って噛みつき合う。勝負はほぼカラダの大きさで決まるので、なるべく大きなジグモを捕まえようと必死だった。
▼僕が小学校の時の男子は、下校してバス停に着くとまずランドセルを置いて、ちょっと離れた用水路にザリガニを釣りに行き、次にややバス停に近いブロック塀でジグモを探し、最後にバスが来る直前にバス停に戻って列んでいる女子のスカートをめくるのが日課だった。ザリガニ釣りに夢中になっている時にバスが見えてから走っても、もう間に合わない。
▼尊敬する人気ブロガー女史が、当代随一のノンフィクション作家佐野眞一による孫正義伝を紹介しつつ、身体的体験の重要性を力説しておられた。幼い頃からリヤカーに乗って日銭を稼ぐ行商体験をしてきた孫にとって、お金を稼ぐということがどういうことか、誰に教わらなくても身についていたのは当然だ。その伝で言えば、僕もクモがどういうものか、知らず知らずのうちに身体で覚えたのかもしれない。まず殺してはいけない。そしてもうひとつ…
株主総会の季節に東電では経営陣が集中砲火を浴びているようだ。日経夕刊の見出しには「なぜ賞与」「リストラ甘い」の文字が躍る。株主総会に限らず、僕はこの手の議論を生理的に受けつけない。理屈はわかるが、電気代と他人のボーナスが感覚的にどうしても結びつかない。ただ、あんまり他人のボーナスを気にしてると、蜘蛛の糸が切れやしないかと心配になる。
▼火曜のウチゴハン冷やし中華にいなり寿司に肉サラダの豪華三点セット。

そして今日はキーマカリーで妻はヨガ。

女郎蜘蛛にすっかり絡め捕られているな。