七夕ミッシングユー

午前中激しく降った雨が午後から嘘のように上がった。僕の記憶する限り七夕の夜に織姫と彦星が出会えたことはないが、今夜は迷子になることもあるまい。僕はもうこの逸話がどういうものか忘れてしまったが、人それぞれに逢えぬ想いを紡ぐ七夕物語があってもいいと思う。
七夕や見上げる空に星ふたつ
瀬踏みする人には深し天の川
▼人間の記憶というものは本当に曖昧でいい加減なものだ。こうしてブログで記憶を手繰る旅に出るとそのことがよくわかる。例えば先日の投稿でスカートめくりをしたはずみに小学校のクラスメイトに大腿骨骨折の大ケガをさせてしまった連想から、エロ本を作ってた頃のうら若き魔女を思い出したのだが、彼女の場合は腰の骨だったかもしれない。きっとホウキから落っこちたんだな。
▼こういった一個人の想い出は、例えば手紙やプレゼントなどの具体的な品が残っていなければ確認のしようもないことだが、不確かであやふやな記憶の断片が、当時の社会的な事象や一般的な事柄と整合がとれていたりすると、夢のような出来事も確かにあったことなんだととてもうれしくなる。
▼先年僕は生まれて初めてとある文学賞に応募した。人生最大最高の恋愛体験を言語化することで、もう一度追体験しようと目論んだのだ。あえなく落選したが、若き日を振り返る過程ですっかり忘れていた事実を思い出すなど実り多き体験となった。今夜はその中の七夕前夜の想い出について話そう。
▼七夕も近いある日、僕はその年の春頃から急接近した彼女を、高校の先輩の結婚パーティ―に誘った。僕は留年二年目で卒業のメドも立たない大学六回生、彼女は就職活動ただ中の大学四年生だった。前夜祭と称して前の晩から泊りがけで遊びにきていた親友といっしょに、僕は渋谷道玄坂上で彼女を待っていた。
▼彼女は随分遅れてやってきた。息を切らし坂を急ぐ彼女の表情はちょっぴり不安げに見えた。二日酔いをさますために午前中いっぱいゆっくりプールで泳いでも、まだたっぷり時間を持て余していた僕らとは対照的に、彼女はその日もバイトに就職活動に忙しかったに違いない。彼女は紺色のサマースーツに赤いタータンチェックフレアスカートをはき、先の丸い黒いエナメルの靴をつけていた。彼女は完璧だった。彼女は本当に素晴らしかった。
▼パーティ―の間中僕は上の空だった。久しぶりに会った先輩同輩たちとの話もそこそこに、早く彼女と二人きりになりたい一心だった。パーティ―がお開きになるや、僕は彼女の手を引いて挨拶もそこそこにその場を離れた。彼女はみんなと話したりないようだったが、僕は気にもとめなかった。
▼どこをどう歩いたのか、僕らはまず駒場公園の固く閉ざされた門扉の前に佇んでいた。それから仕方なく次善の公園を目指した。そこで僕らはしばし二人きりの時間を楽しんだ。「私のどこが好き?」と問う彼女に、「月並だけど全部」と僕は答えた。煌々と輝く月明りの下で、彼女の目だけが異様に光っていた。
▼まだ電車のある時間だったが、歩いて帰ると言う彼女につきあうつもりで、僕も新宿までの二駅ほどを歩いた。彼女も反対方向に、ちょうど同じくらいの距離を歩いているはずだった。不安な気持ちは全然なかった。ただ一人で歩いていることがちょっぴりさみしく、不思議な気がした。
▼二十年ぶりに意識的にあの日の出来事を思い出そうとするにあたって、僕は渋谷から代々木上原駒場、下北沢一帯の地図を眺めた。彼女と落ち着いた公園がどこだったかはついに同定できなかったが、帰り道に見かけたくるくる回る飾りつけが、参宮橋商店街の七夕飾りであることがわかった。
▼仕事が暇な割に一週間たつのが早い。昨日は下請の人からいただいたお中元のローストビーフに焼き餃子。

今日は同じお中元の詰め合わせから焼豚を使ったサラダに和風パスタ。


彼女は今何を食べているのだろう。誰に何を食べさせているのだろう。