クワガタと西部劇

気象庁に先駆けて梅雨明け宣言したいと思う。梅雨は例年7月に入ってから本格的な大雨になり、海の日をもって明ける。九州と、紀伊半島に毎年のように大きな被害をもたらす。今年もその通りとなった。梅雨が明ければ即盛夏である。季節は待ってくれない。強烈な陽射しが容赦なく照りつけ、気温が上昇し、夜になっても一向に下がらない。
▼わが家では早くもクーラー全開である。一晩中つけっぱなしだがきかない。一台で居間と寝室兼用なので容量が足りない。夜中に目覚めると、みんな無意識にクーラーのある居間に接する入口の方に集まっている。じきにわれ先に居間のソファーに寝たり、最初から居間のフローリングに布団を敷いたりするようになるだろう。居間の中でもクーラーの風が直接当たる位置の取り合いが始まる。動物というか、なんだか樹液に群がる虫のようだ。
▼さて、夏といえば虫、虫といえばカブトムシやクワガタである。動物でいえばライオンやトラにあたる百虫の王だ。動物や虫の格については、わざわざ教えなくても子供なら誰でも知っている。この前新聞のテレビ欄を見ていた下の子が、「今日のダーウィン、ライオンや。絶対見よ」とつぶやいていた。生き物バンザイで動物ならなんでも大好きな下の子でもライオンは別格なのだ。
▼先日の夜間作業の最中に、同僚が立派なノコギリクワガタを見つけてきた。故モリチャンのように仕事中に探しに行くようなハチャメチャな人ではない。たまたま床の上を這っているところが目に止まったのだという。そんな真面目なパンピーでも、思わず手にとってみんなに披露せずにはいられなくさせる魅力がノコギリには備わっている。
▼(僕)かなり曲がってるね。(同僚)けっこう立派でしょ。(僕)こりゃウシだな。(同僚)ウシ?
(僕)ほら、ノコギリの格はハサミの湾曲で決まるじゃん。牛の角に見立ててさ。(同僚)ああ…
(僕)もっと大きいのは水牛、水牛の上の最大のものは馬。(同僚)ウマ?(僕)牛と馬の連想からきたんだろうけど、僕が知る限り水牛と馬を判別できる子はいなかったな。逆にただの牛くらいでも馬だ馬だ言うやつがいてね(笑)(同僚)(笑)子供っておもしろいね。その日同僚はそのノコギリクワガタを子供のために持って帰った。
▼僕は個人的にはクワガタの中でこのノコギリが一番好きだ。大きさでも見かけでもめずらしさでも一番はミヤマだが、唯一弱いのが欠点だ。捕まえて持ち帰り、飼うとすぐに死んでしまう。二日ともたない。その点ノコギリは強かった。上記の意味でも強いし、クワガタ同士の闘いにおいても強かった。
▼僕は子供の頃クワガタやカブトを大きなダンボール箱で飼っていた。百匹からいたのでエサをやるときにフタをあけるとよく飛んでいったし、うちの中で逃げ出したものを見つけたものだ。ダンボールのフタをめくる度に、表面に真っ二つになったコクワの死骸が転がっていた。カブトムシはいつもエサを食べていたが、クワガタで生きているものは土の中にもぐっていた。
首チョンパの犯人は、巨大なノコギリクワガタのボスだった。友人や弟の手持ちのクワガタとの闘いにも負けたことのない自慢の一匹だったが、あまりに被害が大きくて、「泣いて馬しょくを斬る」か真剣に悩んだ記憶がある。今思えばあの一頭が幻の馬だったのかもしれない。
▼僕が子供の頃も、既にカブトムシやクワガタは売られていたかもしれないが、現在のようにヒラタクワガタが黒ダイヤと呼ばれ、一匹数万円の高値で取引されるようなことはなかったと思う。
▼親指大の黒光りするヒラタもカッコいいが、僕はノコギリのあかがね色に輝く体色が舶来ぽくて好きだった。灼熱の太陽が照りつける荒野を駆ける一頭の栗毛の馬を想像したものだ。やはりノコギリクワガタの馬は牛からの類推ではないかもしれない。

日曜のウチゴハンはアボガドディップにトマトとブルーチーズの冷製パスタ。夏の晩餐にふさわしい逸品でした。