練習問題

昨日の雨はかなり激しかった。強い雨が早朝から夕方まで一日中しっかり降り続いた。もうこれで降り納めとでもいうような、どこか決然とした調子だった。そして今夜は凍てつく空にポッカリ満月が浮かんでいるではないか。何か自然の意志のようなものが感じられて空恐ろしい気がした。週末には十度近くまで気温が下がるという。週間予報にも傘マークがない。本格的な冬の到来といってしまっていいと思う。
▼さて、寒くなると恋しくなるのが布団である。僕はまだ布団一枚きりだが、隣のダブルで寝ている下の子と妻は既に布団と毛布の二枚重ねである。上の子は最近居間でひとりで寝るようになった。いつもの気まぐれだと思っていたが、今のところ戻ってくる気配はない。こうして、放っておいても子供は自然に巣立ってゆくものだ。
▼今朝妻が起きぬけた毛布の穴にもぐりこんでみた。めちゃめちゃ気持ちいい。「ああ、こりゃ最高だ」思わずひとりごちると、隣で寝ているはずの下の子が「そうやろ」と答えた。その後寝起きのバカ二人でめざにゅ〜をボケッと見ていると、不眠症の特集をやっていた。すると下の子が突然驚いたように「眠れない人とかいるん?信じられん」と本気で言ったのでこっちがビックリしてしまった。この子の巣立ちは当分先だな。
▼僕が担当する事業所では今とても難しい工事が始まっている。いろいろな制約がある中で仕事をするのは当然のことだが、とにかく求めることのレベルがとても高い。たぶん半分くらいの人が「そんなことできません」と言ってしまうだろう。この会社には、「できないわけではないが実際的ではない」あるいは「建前はそうかもしれないが現実的じゃない」というような、我々が仕事をする上でのルーチン化が通用しない。何事も徹底的なのだ。それはこの企業が持っている文化のようなものだと思う。「ちょっとそれは(無理です)…」と言ったら最後、おそらく世界中探してでもできるところをつれてきてしまうだろう。
▼この企業の担当に僕が留まっていられるのは、あるいは仕事が見えないからかもしれない。仕事ができる人なら現実的じゃないと判断してしまうことにも、お客さんに要求されるままに延々と従ってしまう。こうしてみるとグズもひとつの才能だ。とんでもなく難しく思えるこの工事も来るべき本丸の前の出城にすぎない。毎日が綱渡りの連続だが、なんとか踏みとどまって次につなげていきたい。
▼ここ二日ほど、買ってきたその日に聴いて以来ほったらかしだったジャズスタンダードCD3枚を聴きながら、これまた買ってきて半分ほど飲んだきりのブラックニッカを寝酒に舐めている。実は明日仕事の研修で久々に上京するのだ。たまの東京なので休暇を絡めて2、3日あちこち回りたいところだが、忙しくてそれもままならない。日帰りだが帰りにマスターの店には立寄ろうと思う。ブラックニッカはその予行演習である。
▼寝酒で思い出すのは学生の頃お世話になったバイト先の空調屋の社長のこと。お酒が好きで、個人の仕事のときなどは昼飯の時によくビールの栓を抜いたものだ。仕事帰りに深酒して検問にかかり一発免許取消になったこともある。おまわりさんが「あなたねえ、これ酒気帯びなんてもんじゃないよ。運転しない人でも普通こんなに出ないよ」と呆れていた。取消期間中はツナギを着て道具の袋を抱えて地下鉄で移動した。弥次喜多珍道中のようだった。
▼その社長が寝酒にやるのが、たしかホワイトホースだがカティサークのような洋酒だったと思う。いつも鼻の頭が赤いので理由をきくと、「寝酒をやると途中で寝ちゃうだろ。明け方ションベンしたくなって目が覚めると飲みかけのコップが枕元にあるわけだ。もったいないからえい、飲んじゃえって飲んじゃうんだな」と言って笑っていた。その社長がガンで亡くなったのが下の子が産まれた時だからもう十三年前のことだ。

月曜はミートドリアにトマトクリームスープ。そして寒くなった今夜は鍋をつついてあったまった。