東京の全貌

今日から師走。帰りにスーパーに立ち寄ると、しめ縄飾りや鏡餅が並んでいた。今年ももう終わりだね。ああ正月の帰省が待ち遠しい。今日は12月に相応しい寒い一日だった。明日はもっと寒くなるという。季節が冬に向かって転がり落ちてゆくようだ。
スーパーに一足早い年の暮れ
▼水曜は仕事の研修で久しぶりの上京。薄曇りの東京は10度前後の厳しい冷え込みとなった。通勤時間帯の山手線のコンコースは、人の流れを横切るのに苦労した。どっちを向いても人また人である。こんなにたくさんの人を見たのはいつ以来だろう。さすが東京。通勤ラッシュや混雑はけして気持ちのいいものではないが、何かの可能性もまた、この人間の集積の中にしかないのだ。
▼午前の講座を終えて昼休みに会場の周りを散策する。田町駅前は、新宿、池袋、渋谷などの繁華街ではないが、高層ビルが立ち並ぶオフィス街である。そのビルから出てくるスーツ姿の男性やカーデガンを羽織ったOLを目当てに、発砲スチロールを抱えて弁当の売り子が国道沿いにズラリと並んでいる。大きな建設現場にも弁当の売り子は現れるが、そこでは感じない違和感を覚える。勝ち組負け組というより、これは固定化された階級そのものだ。これもまた地方では見ることのできない光景のひとつである。
▼三田、芝界隈はまた、慶応大学を初め、東工大芝浦工大白百合女子大などの大学の街でもある。僕は学生の頃、JR田町駅、または都営三田駅を利用した記憶がない。麻布や白金高輪台も近いが、これらの土地も在京八年の間一度も足を踏み入れたことがない。上記の大学も訪れたことがないどころか、駅から目鼻の距離にある慶大にも行こうとしてついにたどりつくことができなかった。つまりは縁のない土地である。
幽霊坂を通りすぎるともう12時半を回っている。今回もまたダメかと諦めかけているところに忽然と慶大三田キャンパスが現れた。納得の心持で会場に戻っていると、大通りを渡る瞬間視界が開けて東京タワーが間近に見えたが、すぐにまたビルに隠れて見えなくなってしまった。線路の反対側を歩いていれば、そこは芝浦埠頭のはずだが、駅横の会場から海を見ることはできない。
▼17時に講義が終わり山手線で渋谷に移動しながら考える。東京の範囲っていったいどこまでなんだろう。東京に一度もいったことのない人にとっては、日本地図の東京都かもしれないが、例えば学生時代とか一定期間住んでみれば西の方は都心とはだいぶ違うことはわかる。いわゆる「東京」とは、僕のイメージではだいたい山手線の内側だが、先述したように全く行ったことのないところもある。
▼都心ばかりでなく、僕は若者の街と言われる吉祥寺、阿佐ヶ谷、高円寺などとも縁がなかった。下宿のある高田馬場を中心に新宿、池袋、バイト先の巣鴨、マスターの店がある下北沢、動物園のある上野、憧れの銀座、古本の神保町界隈もよく歩いた。このあたりが僕にとっての東京である。この満員電車に揺られている人たちの頭の中にも、それぞれに違ったいびつなアメーバ状に、いくつもの東京が広がっているのだろう。
▼シモキタのマスターの店に行くには渋谷で井の頭線に乗り換えなければならない。途中下車して渋谷の雑踏を歩く。物凄い人だ。渋谷も僕にはあまり縁のない土地だった。センター街や道玄坂をグルグル回っているうちにあっというまに時間が過ぎる。土地勘がない渋谷を歩く気分は、春先に言ったソウルの繁華街をあるく気分とそう変わらない。あの日彼女がもたれていた丸柱は井の頭線に上る階段の下だったのだろうか。最後に彼女の姿を目にしたのはここだったのだろうか。
▼各停の井の頭線に揺られながら、路線図に目を凝らす。聖蹟桜ヶ丘よみうりランド…学生の頃、切り開かれた土の上に聳える高架線のコンクリート柱以外に何一つなかった土地で、中国人とペアを組んで働いたどこかの大学の造成地がどこだったのか、思い出そうとするが思い出せない。あそこは今どうなっているんだろう。なにもかもが不確かで曖昧だ。
▼下北沢についた。まだ早い。裏手に回ってとんねるずきたなトランで紹介されたらぶきょうを探すが、あるはずの場所にない。つぶれたのだろうか。渋谷でウロウロしたのも東京自由人日記に出てくる飲み屋を探すためである。のんべい横町は見つかったが、富士本店は見つからなかった。マスターの店もやっているかどうか心配になってくる。通い慣れた道を歩く足が自然と早くなる。若者の街と言われたこの街も、昔に比べて心なしか寂れたような気がする。
▼店はあった。ほぼ三年ぶりの再会となるマスターも変わっていなかった。いつ訪ねても変わらず迎えてくれる場所というものは、実家のようなものである。大げさでなく、ここは僕の第二の故郷であり、ここには僕の青春の全てがある。新幹線の最終までのわずかな時間、シングルモルトを傾けながら「あの頃はブラックニッカの一気飲みだったね」「もう置いてないよ」と笑いあった。
▼気分よく酔ったこの話には、新幹線の待ち時間に食べた〆のラーメン店にケータイを置き忘れるというオチがつく。

その際の東京土産。

木曜はトマト鍋。研修会という名の一泊忘年会を挟んで今日もまた鍋。

暮れらしく慌しくなってきた。