オクレにいさん

昨日は小雨がパラつく寒い一日となった。今日はいったん寒さが緩んだものの、明日の雨で再び気温が急降下すると、もうそのままもどらないらしい。一気に冬本番である。
▼さて、12月1日は大学生の就活解禁日だった。それ以前は10月1日だったが、就職が決まると実質的な学生生活はその時点で終了して残りは消化試合になってしまうので、あまり青田買いがエスカレートしてもよくないということで後ろにずらしたらしい。
▼最初その記事を新聞で読んだ時、僕は14年春卒とか13年春卒とかいう意味がよく飲み込めなかった。ややあって、ようやくこれが大学三年の時の行事であることを理解した。いくら中退とはいえ浮世離れにもほどがある。すると二年の時夜学から転部した僕が、高校のクラスメイトに一年間温めてきた恋心をあきらめて傷心の旅に飛び出したまさに同じころ、バブルに踊ったコンパサークルの面々は就活戦線に飛び出していたのか。しっかりしてるなあ。
▼勝手に横恋慕して勝手にあきらめた独りよがりの僕に、次に彼女が連絡をよこしたのは大学五年の時だった。真昼間に万年床の中で電話をとった僕に彼女は、「わたし就職して、もうやめちゃったの」と言った。彼女は僕に自分の連絡先をきかないのかという感じで話していたが、生返事を繰り返す僕に痺れを切らして「もういい」と言って電話を切った。
▼それから僕は万年床から抜け出して、最後に彼女と会った時と同じパジャマにどてら姿でサンダルをひっかけると、最後に彼女と食事をした、毎日通っている定食屋に向かった。「彼女はもう関係ない人なんだ」あんなに好きだったのに、不思議に褪めた気持ちだった。実際僕は彼女と話す言葉を持っていなかった。本当に、失語症になったように言葉が出なかった。彼女の声が遠くに聞こえた。僕の時間は止まっていた。
▼失恋してお酒の海に泳ぎ出した僕はたちまち溺れ、周囲の学生が就職活動に勤しんでいるなんてまるで知らなかった。秋の傷心旅行から帰還した僕が大学三年の冬にしていたことといえば、肉体労働でかいた汗をいったん金に還元した後、アルコールとソープに分解する実験だけである。彼女自身の口から語られたところによると、彼女もきっちり四年で卒業して就職していたわけだから、僕と会わなくなったあたりからやっぱり就活してたんだろう。当たり前か。
▼今思いかえしてみると、先日研修で上京した折、慶大前の通りにスタッフが何人も立って就活セミナーの案内をくばっていたのも、この就活解禁日を控えてのことだろう。学内に出たり入ったりしている学生目当てに配っているのだから、当然のことながらスーツ姿のオッサンや生保レディっぽい人はスルーだ。ところが正門前バックストレートに立っていた全員が全員、僕にチラシを渡そうとしたのである。あのー、僕もう46なんすけど…慶応ボーイに見えますか?
▼マスターの店に寄った際その話をすると、隣に座った老けた男が、「全然違和感ないよ。二、三年留年したくらいにしか見えない」と言う。笑えない。あの頃からまだ時間が止まったままなのか。いい加減目を覚まさないとね。

昨日はキッシュ。今日はまたトマト鍋で写真なし。