アングラ経済圏

お彼岸を迎え、もうすっかり春である。東京では早くもソメイヨシノが開花した。僕も昨日はヒバリだけでなく、ウグイスの声もきいた。真っ白なコブシの花も咲いている。今夜は雨風が強いが、全然寒くない。
▼春休みも近いのだろう。子供らをうちで見かけることが多くなってきた。いくら部活が忙しくても、部活だけじゃ一日はもたない。ていうかうちの子たちは基本的にうちが好きだ。外も好きだがうちも好き。帰巣本能が発達しているというか、元気よく外に飛び出していくが、事がすむと一目散に帰ってくる。好き放題させて黙っていても戻ってくるんだから親冥利につきるけど、なんだか伝書鳩のようだ。
▼それにしても今朝の日経の日本人の持ち家率八割超えの記事には度胆をぬかれた。各階層まんべんなく、世帯年収263万以下の低所得者層も楽々80%をクリアしている。これはいったいどういうことだろう。年収263万以下で想定されるのは、いわゆる建設労働者と派遣労働者である。わかりやすく言えば日雇いと派遣。めんどくさいからまとめて日雇い派遣と呼ばれる。違うか。
▼世帯収入というのだから、ご主人の収入一日八千円×25日×12ヶ月ポッキリである。奥さんのパート収入130万を加えて約400万というわけにはいかない。持ち家に一人身は似合わない。老後に備えてマンションを購入するアラフォーのおひとりさまは、もう少し所得の高い層だ。結婚したばかりの若い鳶夫婦。奥さんはいつも腹ボテでパートに出てるヒマがない。これが年収263万以下でマイホームを購入する世帯像の代表である。銀行もよく貸すな。
▼話は変わるが、企業の広告宣伝のマーケティングは徹底しているらしい。ひとたび「高所得者層はテレビを見ない」というリサーチ結果が出ると、もういっさいCMを流さない。そういえば最近テレビで高級車のCMを見ない(ショッキングピンクのクラウンを除く)。テレビで大量に垂れ流されているのは、軽自動車とケータイとパチンコとハウスメーカーのCMだけである。マイホームを購入する低所得者層の輪郭が次第に像を結びはじめたではないか。
▼今までの僕なら、ここで分析をやめ、マイホームローンは実質的なサブプライムローンであり、経済とは業界と銀行ぐるみの貧困ビジネスだと断じてオシマイだったが、どうも腑に落ちない。80%超えといえばほとんど八割方である。当たり前か。借家の方が少数派なんてにわかには信じがたい。仮住まいの身としては随分肩身の狭い結果ではないか。それはともかく何かを見落としている気がする。
世帯年収263万円は、最低税率とはいえ所得税住民税の対象となる表に見える数字だ。妻のパート収入を扶養控除範囲内の130万(現在では厚生年金加入下限の70万かもしれない)以下に抑えるのはもちろんだが、全くカウントされない収入というものもあるのではないか。個人経営の会社なら、比較的経理操作は自由だろう。社長のお気に入りで半分愛人のような事務員が、まともな成人男子が逆立ちしても貰えない額を手にしていながら、給与明細は10万円なんてことはザラにある。
▼水商売ならまるっきりのフリーハンドだ。母子家庭の母親がたいていオミズなのは、収入を得ながらも、それをないものとして各種保護を受けるためである。鳶の旦那がパチンコで稼ぐ日当より高い換金も、もちろんカウントされない。母子手当のために、彼らは偽装離婚しているかもしれない。
▼裏経済とか地下経済というと、暴力団闇金融を思い浮かべる人もいるかもしれないが、そんな大それた話ではないのである。庶民が生きていくための知恵と裏ワザによって表に出ない数字が、予想外の規模にまで膨らんだだけの話だ。そのようにして彼らは公称年収263万以下でマイホームを購入し、ファサードと同じ幅のたたきに軽を二、三台並べ、ケータイ片手にパチンコ台に向かう。好みは別にして、物質的には僕よりずっといい暮らしをしてる。
▼尊敬する人気ブロガー女史の「格安経済圏」に対抗して、これを「アングラ経済圏」と呼ぼう。これが度が過ぎるとギリシャやイタリアやアルゼンチンのようになるが、日本も早晩そうなるだろう。「けしからん」と目くじらをたてる人もいるかもしれないが、国がつぶれるからといって何も我々までつきあう必要はないのだ。したたかに、しぶとく、うまくやって生き抜いた方が勝ちである。僕もそろそろ自分の身の程をわきまえて「うまくやる」生き方に舵を切らねばなるまい。
▼日曜は妻が下の子の野球部の当番のため、作り置きのカレーとワカメの酢の物で写真なし。そして今日は全部入り(なにが?)豚丼

妻は十分すぎるほどうまくやっている。あとは僕がうまくやるだけだ。マジメだけが取り柄では、マイホームを持つのは夢のまた夢だ。