今を生きる

この時期暑いのか寒いのかよくわからない。特に夜はブーツからサンダル、ダウンからTシャツまで幅広い恰好が見られる。うちの中でも冷え性の妻がホットカーペットを入れたかと思うと僕が窓をあけ、下の子はフリース地のパジャマの一方上の子はTシャツ短パンという具合である。
▼ブログに☆がつかなくなって久しい。アクセスも伸び悩んでいる。過去ログをひもとくと、一年目に約二万PV、二年で計六万の記述がある。三年目の今年は半年でやっと七万だから、また年間二万PVペースに逆戻りだ。一日5、60PVというのは約10回のアクセス。自分の交流サイトで忙しい妻はもう全く見ていないが、父は毎日覗いているはずだ。僕も毎日二回は覗き、そのうち一度はつい何日分も読み返すので二人で約半分。その日その日のお題で偶然漂着するサーファーも5、6人はいるだろうから、二年半やってひとりの固定ファンもできなかったことになる。
▼なぜこんなことになってしまったのか。筆力だけで勝負して一日150万PVの人気ブロガー女史とどこがどう違うのか。まず第一に暗い。第二に極めて個人的な内容だ。要するに中年男の愚痴である。誰もそんなもの読みたかないね。日常生活に変化は乏しい。学生時代の想い出もいい加減書き尽くした。前途に希望のある年でもない。時事ネタに走れば一億総評論家の仲間入りだ。正直限界を感じている。この辺が多くのブロガーにとってのひとつの山のような気がする。
▼昨日はどうしても観たい映画があって、レイトショーを観に行った。

松江哲明監督の「フラッシュバックメモリーズ3D」2009年11月、オーストラリア原住民アボリジニに伝わる世界最古の管楽器ディジュリドゥ演奏家として絶頂期にあったGOMAは、首都高を車で走行中追突事故に見舞われる。脳にダメージを負ったGOMAは、ほぼ10年分の記憶を失い、新たな出来事も記憶することが困難になる。
▼映画は終始復帰後のGOMAのライブ映像と音源を流し続け、一見したところミュージックビデオのようだ。その背後に、事故に遭う前のGOMAの活動やGOMA自身が記憶する限りでの事故の再現、GOMAの日記を交えながらの事故後の生活の様子などを「3D」映像で重ねてゆく。僕は技術的なことはどうでもいい方だが、確かにこれが2Dだと、結婚式でよくあるスクリーンで振り返る生い立ちになってしまうだろう。
▼ドキュメンタリーの手法として3Dを採用した理由を、松江監督はこう述べている。「プロデューサーから紹介されて初めてGOMAさんのライブを観に行った時、僕は彼が(高次脳機能障害という)障害を持った人に見えなかった。彼は圧倒的に音楽の人だった」「彼は事故の前はこういう人で、今は事故の後遺症でこんな状態ですというように説明するのではなく、映像を観ることで体感してほしかった。それでライブ演奏のバックに過去を同軸で映し出す3Dというアイデアが浮かんだ」
▼映画を観る限り、監督の目論みは成功している。ライブ映像は彼が障害者であることを微塵も感じさせない。彼が圧倒的に音楽の人であることは紛れもない事実だが、それは彼のキャリアの記憶からくるものではない。それは観客である我々にとってそうであるだけでなく、彼自身にとってもそうなのだ。
▼ミュージシャンとしての彼のキャリアは、まさにトップランナーの称号に相応しいものだ。24才でオーストラリアに渡り、バスキングという路上パフォーマンスを実践しつつ本場のコンクールでアボリジニの奏者に混じって準優勝する。翌年結婚。数年間世界各地を回った後活動拠点を日本に移し、公私ともに充実の活動十周年を迎える中で落とし穴が待っていた。
▼事故で失われた十年分の記憶は、そのままミュージシャンGOMAのキャリアに重なる。実際事故から帰還したGOMAは自分のことを画家だと思っていた。3D映像にも使われたアボリジニの心象風景を思わせる点描画に没頭するときだけ不安を忘れることができる…ディジュリドゥ演奏家としての自分を思い出せないということは、単なる記憶の喪失にとどまらない。それはこの世から「GOMA」が消えることにほかならない。
▼僕は最初、「GOMAはこの映像の全てを記憶していることはできないかもしれない。でも記憶に残らなくても「生きた証」を残すことはできる」というプロローグの言葉をうまく理解することができなかった。映画を観終わった後はこう思う。人はみな生きている最中から自分がどんな人間か確認したがるけれど、自分が何者かなんて、少なくとも生きている間はどうだっていいことだ。懸命に今を生きる姿だけが、人々の脳裡に忘れ難い記憶として刻み込まれるのだと。GOMAは生きている。

映画前の腹ごしらえは、豚肉と水菜のパスタにオニスラ。