正義の味方

陽が完全に落ちて、ようやく涼しくなる。時折いい風が吹くが、体感的にはずっと暑い日が続いている。GW前半まで寒かったのに、一気に夏の空気に入れ代わってしまった。今年は僕の愛する気持ちのいい初夏の日がそんなに味わえないかもしれない。
▼下の子は二連泊の野外学習である。ヨダレが出るほどうらやましい。前の晩はいつものように8時過ぎには睡魔に勝てずいったん寝たものの、こちらが寝る頃になって起き出し、やれ懐中電灯だカッパだと準備し始めた。寝る前にやれよ。その前の日も寝入りばなに襲われた。キャンプファイアの儀式で使う言葉を考えてほしいという。「私たちは正義の火を受け取りました」(共通)の後に続くセリフである。
▼この「正義」の部分の言葉はクラスによって違うらしく、「思いやり」とか「努力」とかあるらしい。それぞれの火を受け取って、その火を絶やさないことを誓いますという風にまとめればいいのだろうが、「正義が一番難しい」と悩んでいる。言葉の取り合いになって、誰も「正義」を引き受けようとしないので、下の子が引き受けたそうである。
▼「私たちは正義を、正義が、正義、正義を…」また「稲作が、富が、争いが」状態になっている。上の子がゲームしながら「中学生が正義なんて言葉使わないでしょ」とつぶやく。それを言うなら「稲作」も「富」も「争い」も使いっこない。「○○(下の子の名前)チキン(ハート)だから大丈夫かな?」さすがお兄ちゃん、弟のことがよくわかっている。
▼誰も引き受け手がいないものを率先して引き受けてくる。見栄っ張りのお人よしで正義感も強いが、そのくせアガリ性のビビリの緊張しいだ。自ら進んで墓穴を掘っている。君子危うきに近寄らずで余計なことには絶対手を出さない上に、平常心で肝が据わっている上の子とは正反対である。とにかくうまくいくことを願うのみだ。
▼キャンプファイアの献辞の次は立志の誓い。何か例がないかというのでネットで検索してみると、おあつらえ向きに中学生の立志の誓いが紹介されていたので読んであげた。「私は将来国連で世界の子供たちのために働きたいです。それはある時ストリートチルドレンのドキュメンタリーを見て、日本では当然のことも外国では必ずしも当然ではないと感じたからです。そのためには英語以外にもいろんな国の言葉を勉強して…(中略)(実際原文でも長すぎて本当に省略されていた)」
▼下の子は目をパチクリさせている。僕も少し驚いた。ややあって「その人すごいね」と言うので「この子は少しできすぎ君だ」と慰めた。すると下の子は「将来の夢とかないもん」と寂しいことを言う。「何か目標がないと毎日張り合いがないでしょ」「じゃあお父さんはあったの?」「なかったかもしれない」「じゃあいっしょじゃん」「そうだね」「みんなに認められる立派な人になりたい」「誰にも認められなくてもやりたいことをやるべきじゃないのかな」「おお、今のおばあちゃんにそっくり。やっぱ親子やねえ」お前もな。
▼「ねえ、なんで大学やめたの?」「さあ、やっぱり目標とか夢がなかったからじゃないかな」「もったいない」「うん」「オレ柔道したい」子供は親の背中を見て育つというが、親の真似をするというより親がただただ大好きなのだ。この子のためにこれから僕ができることはなんだろう。「まあこれをきっかけに考えはじめればいいさ」というと「ああ、ほんといいきっかけになった」としみじみ漏らす。この素直さが、この子の最大の美徳だ。
▼「自分らしく生きていきたい」と書き終えて、二人で布団に横になった時ふと思い出した。「ああ、いつか農業やりたいって言ってたじゃない。学校に来た野菜づくりの人の話きいて」すると「農業はやりたくない。ああいう人は応援してあげたいけど自分はやりたくない」隣りで妻が笑っている。これもうちの子たちの特徴だ。それとこれとは別というのがはっきりしている。同情から何かを始めても、いずれ自分が苦しくなるだけだもんね。そこだけは僕に似なくてよかった。

火曜は鶏のマヨネーズ炒めにアボガドグラタンに水菜サラダ。

水曜ヨガカレーの後の今日は和風スパに新玉チーズ焼き。