草を食む

気温の割に暑く感じられるのは湿度が高いからだろう。ただ全国的には実際の気温も真夏日のところが多いようだ。大阪、名古屋などは軒並み猛暑日。今からこれでは先が思いやられる。一日おきどころか毎日更新の父のタイ在記に反比例して、ここのところブログの更新が湿りがちだったが、怒涛の週末を前にお休みをいただき、昨日に引き続いて久しぶりの連日更新である。
▼昨日の「東京自由人日記」は、白山神社から文京あじさいまつりのレポートだった。神社のたたずまいが、23年前に彼女に引導を渡された場所によく似ていたので、慌てて地図を検索する。あの晩僕が彼女の手を引いて駆け上がった石の階段は、確かに都営地下鉄三田線白山駅のすぐ脇だったはずだ。そこは現在の地図の上では心光寺というお寺になっている。白山神社は建物をひとつ挟んで北西側にある。もしかすると地続きかもしれないが、はっきりしたことはわからない。
▼階段を上りきったところにあるご神木の、太い幹を背にした彼女の顔の横に手をついて、僕は彼女に迫ったのだ。彼女は目を伏せて、けして僕の目を見ようとはしなかった。「そんなつもりじゃなかった…」消え入りそうな声で彼女は続けた。「私、あなたに謝らなきゃいけないことがある。あなたの気を引いて、あなたを傷つけてしまった」
▼僕は樹についた手を下ろし、彼女を解放した。声は小さかったが、彼女のセリフは一言一句手に取るようにわかった。言葉がまるでテレパシーのように、意味の塊となって直接僕の心に届いた。取り違える余地はなかった。それはわざわざ口にしなくても、とっくに答えが出ている問いだった。その日一日かけて、物言わぬ彼女が全身で語っていたことだった。
▼ひどく暑い日だった。お盆明けの炎天下の小石川植物園には人っ子ひとりいなかった。最後に彼女と会った隅田川の花火大会から、既にひと月近くが過ぎようとしていた。断ることもできたはずなのに彼女が僕の誘いに応じたのは、ただこのことを伝えるためだったのだ。そのために、昼下がりの待ち合わせから夏の陽が落ちて真っ暗になるまで、気が遠くなるほどの時間を要した。彼女の覚悟は並大抵のものではなかったはずだ。実際倒れてもおかしくないほどの暑さだった。彼女は真っ黒な服を着て現れた。上から下まで全身黒ずくめだった。誰かが、亡くなったのだと思った。
▼いったい僕は何がしたいのだろう。僕がしていることは、逗子ストーカー殺人事件の犯人と同じことなのだろうか。彼女を探し出し、彼女を殺して自分も死ぬ。それはないな。自殺なんて恐ろしくてとてもできない。じゃあ彼女だけを殺したい?冷静に、慎重に自分に問いかけてみる。それもない。そんな気持ちは微塵もない。ただ、悔恨すら淡いものになりつつある遠い日の記憶を反芻する牛のようなものだ。
▼現実の僕は事務のパートから帰る妻を待って、二人でランチ。住宅街の中にある、こじんまりとした近所でも評判の中華料理店だ。

妻は海鮮あんかけ焼きそば、僕は麻婆茄子定食をチョイス。薄味でスパイスの効いた上品な味である。


最近は中国人がやっている激安、ボリューム満点の台湾料理店を利用することが多かったが、急に怖くなった。僕らもいい年なんだし、そろそろお店を選ばないと。
▼それにしても暑い。光る雲に黒い雲。梅雨の空じゃない。すっかり夏の風情だ。ショッピングモールに移動してシネコンで映画を観ることに。時間調整にデザートを食す。もうソフトクリームよりかき氷の方がいいのだが、生憎見当たらなかったのでさっぱりとフローズンヨーグルトにしてみた。

▼そして映画はトムクルーズ主演のハリウッド近未来アクション「オブリビオン

妻といっしょでなきゃ観ない映画だ。結婚した年も二人でトムクルーズの映画を観にいったな。それだって18年も前の話しだが、つい昨日のことのようだ。帰りに駅で偶然K先生に出くわしたっけ。僕らはあの頃とちっとも変らない。年をとっても子供のまんまだ。