金曜日の愛妻家

怒涛の週末を前に、再び休みをとった。朝9時に一件現説があり、土日工事の確認の電話がじゃんじゃん鳴るのであまり休んだ気にならないが、休むに越したことはない。以前はこういう時、一日休めないのに休んでると思われるのが釈然としなかったが、今は名より実をとるようにしている。幸い雨勢の割に雨漏れ対応の呼び出しもなく、妻とランチすることができた。
▼ところで僕が一番気に入っていたポロシャツを、ある日を境に長男が最初から自分に買い与えられたもののように着始め、完全に自分のものにしてしまった話は既に書いた。その代わりに妻が色違いのものといっしょに買ってくれたシャツと、夏用のデッキシューズ(いずれも僕の必須アイテム)を履いて、たった今長男が出て行ったところだと妻から緊急メールが入ったのが昨日のことだ。こうしてなし崩し的に所有権が移転し、子供の恰好が大人びていくにつれ、逆に僕には子供のお下がりのようなものしか残らないことになる。
▼さて、そんな子供のような恰好で出かけたランチ。お目当てのお店は郊外にある和風創作料理店。オシャレな店内には未婚女子から若いママ友サークルからお年寄の集団まで全世代まんべんなく見事なまでに女性客ばかりである。日替わりの前菜に、メインも日替わりでパスタ、魚、肉の三種類から選べる。僕はお肉、妻はパスタにした。


前菜がとてもおいしい。豆腐のジュレにオムレツにイサキのカルパッチョに枝豆のスープが小鳥のエサのように少量ずつ盛られたプレートが皿ごと冷されて、今日はそうでもなかったが、暑い日にもいけそうだ。

300円プラスのデザート&ドリンクも見た目鮮やかで味も及第点。

▼どこまでも女子会の女子会による女子会のための店である。であるからにして、いつまでもお喋りに忙しい先客を後目に、当然のごとく我々夫婦は、いつものように一番後に入店したにもかかわらず、一番先に席を立つことになる。個人ブログで評判のいいお店を訪ね、三連続で満足のいくランチとなった。ビュッフェ形式のお店に惹かれないわけではないが、それでは夜が入らない。ランチも楽しみだが、妻の手になる夜はもっと楽しみなのだ。もう食べ放題の店に行く年じゃない。
▼食後は妻お目当てのワンピを求め、近在のショッピングセンターへ。妻の首輪を外し僕は本屋へ。ほどなくして戻ってきた飼い犬、もとい妻は、試着してタグまで切ったところで店員にバーゲン前であることを告げられ、「ならいいです」と突き返してきたそうである。「私も年とったわ。欲しい物がガマンできるようになったというより、オバサンみたいに厚かましいことしても全然恥ずかしくないもん」妻も変わった。厚かましくなったというより、欲しい物がガマンできるようになった。
▼子供の着るような真っ赤なシャツを着て、いつまでも年をとらない僕の方は、またぞろ三冊も衝動買いしてしまった。しばらく本を読まないとガマンできなくなる。そのうち時代小説家の書いた「漱石の妻」を、夕食を挟んで一気に半分ほど読み進める。僕らは蓮実重彦漱石論など、評伝の類を否定する表層批評全盛期に学んだ世代だが、こういう本を読むとまた文豪漱石がぐっと身近に感じられるものだ。漱石の妻鏡子が悪妻だったかどうかはわからない。そもそも悪妻の定義もわからない。ただ二男五女七人の子をもうけた妻を、漱石自身が憎からず思っていたことはまちがいないと思う。

夕食はササミの大葉フライにジャガイモちぢみ。