あきらめない

朝から快晴の夏空である。いよいよ本格的な夏がやってきた。とにかくひどい暑さだ。今日は一日作業員が働いているのを木陰から眺めていた。そして終わるやいないや直帰して水風呂に飛び込んだよ。命には替えられないからね。
気象庁によると関東甲信越地方は七夕を待たずに梅雨明けしたそうだ。例年より15日、昨年より19日早いそうである。昨年のは判断ミスにしても、やはり随分早い。僕の感覚では梅雨が明けて心おきなく海の日という感じだが、今年はその海の日も例年より早い気がする。それで梅雨明けもつられて早まったのかな。一昨年は震災で何もかも遅れたが、今年はアベノミクスで?なにもかも前倒しだ。
▼昨日は仕事の関係でボクシングの試合に行った。チケットを買っても本番の会場がガラガラではしょうがない。そこで社員が狩り出された。同じ理屈で入場すれば自由行動とはいかない。メインイベントまでいなくてはならないから結構な拘束時間である。完全に仕事だ。
▼四回戦六試合を含む十試合。メインイベントでも八回戦どまりである。デビュー戦も多く、もっとドタバタしているかと思ったら意外とそうでもない。足を止めて打ち合うどつきあいが多かった。それでいてまた意外に倒れない。毎試合フルラウンドの判定にもつれこみ、それでまた時間がかかる。特に見るべきものはなかった。見るべきものとは、才能のキラメキであったり、将来の可能性であったり。
▼僕は弟の大学のボクシング部の友人の試合を後楽園ホールに観に行ったことがあるが、それに比べれば地方はやはり興行色が強い。どの選手も、地元ジムの後援会長である地元財界実力者の尽力がなければ、いつ試合ができるかわからない選手ばかりである。ただマッチメイクの妙だけは感じた。僕はこの世界に詳しくはないが、おそらく業界独自の情報網があるのだろう。とにかく全試合実力伯仲なのである。
▼絶対に負けるわけにはいかない地元のメインイベンターに、キャリア50戦以上で勝敗が五分くらいのベテランを探してきてぶつける。八百長かどうかはわからない。ただ彼は、くどくど説明しなくともこの試合の持つ意味と自分の役割を十分すぎるほど理解でき、かつその通りの試合を遂行できる選手なのである。
▼僕の目に止まったのはキャリア20戦近くやって、いまだに六回戦の選手。負けが先行し、勝ってもKOはひとつふたつ。働きながら練習しているのだろう。トランクスにどこかの町工場の名前が刺繍してある。年も30は越えている。上背もありリーチも長く懐も深い身体に恵まれているように見えるのに、明らかに腹のたるんだ練習不足の相手に苦戦する。
▼こういう人にとってボクシングはどういう意味を持つのだろう。ただボクシングが好きというのもあるだろうが、それだけではない。目の前の相手、次の対戦相手、ジムの練習生たちと、自分との力関係を常に測っている。他を圧倒する強さはない。勝ったり負けたりだ。上にはいくらでも強い人がいる。自分はこの程度なのだろうか。だからといってボクシングをやめて他に何が残る?パッとしない人生だ…そうやって自分という存在について自問し続ける修業のようなものだ。
▼帰りに社長がその会場にきた社員をメシに連れていってくれた。韓国料理屋でマッコリ飲んで、ほどよく酔って解散したと思ったら酒好きの同僚につかまった。「日曜に空いてる店なんてないだろ」と言うと、「時間制の店だけだよ」と意に介さない。要するにキャバクラかフィリピン、それもいつもの半分以下だ。あとはマッサージの客引きがやたらに出ている。
▼呼び込みのテクもなかなかのものである。最初のフィリピンは二千八百円ポッキリだと言って階段を上がり始めてから「女の子の飲み物は別ね」ときた。「それじゃあ高くなっちゃう」と言うと。「飲まさなきゃいいい」とくる。二軒目のおっパブはもっと上手で、「二人で一万…」上り始めて「…二千円」ときた。「帰る」と言うと、「マンツーマンつきっきりだよ」とウヤムヤにされ、入店して別々の席に座ろうとすると「ダメダメ女の子いないんだから」には苦笑するしかなかった。
▼女の子は三人だけ。先客が一人いて、そこに唯一普通の体型の子がついていたので、相方には天童よしみ、僕にはザキヤマ似のバービー似がついた。相方は委細構わないが、僕はどうしてもその気になれない。肥り肉の固肉で、おっぱいより腹の方が出ている。フーゾク魂の平口広美先生にはただただ頭が下がるばかりだ。聞けば日曜の今日が特別ではなく、金、土以外は常にこの三人で回しているという。
▼「よくやっていけるね。リピーターいるの?」思わず口が滑った。「いるよー」強がるが表情は暗い。「いくつ?」「32」とても32には見えない。醜女なのに年をとっていない。暗闇の中で目の前の親友と傷を舐め合ってるうちに時間だけが過ぎたのだろう。「君ももう少し痩せないとね」「人のこと言えるー?」と腹をつままれる。「まあオレは男だから。女の人はやっぱり愛されないと」「愛って何よ」ああ、この子もまた生まれてこの方誰かに愛されたことがないのだ。「大事にされるってことだよ」「…」「それにはまず自分を大事にしないと」「…」
▼とんだ説教オヤジと思われたかもしれないが、この人たちは人生を投げている。この容姿では無理もないが、男たちだって、強さについて、才能について、何者でもないちっぽけな自分と向き合い、折り合いをつけずにもがき苦しんでいるのだ。僕も、目の前のこいつも、あのボクサーも。

土曜はカルボナーラにドイツパン。

日曜は妻の新メニュー、焼肉オンガーリックライス。韓国→フィリピン→ザキヤマよりこっちの方がずっとよかった。自分を好きな人、自分に自信がある人は魅力的だ。妻を見ていてつくづくそう思う。僕に愛されるようになる前だって、彼女が自分のことを見捨てたことなど一度もなかったことはまちがいない。