カチューシャの彼女と田村正和

今日は雲が出て陽は陰ったが、異常なほど蒸し暑かった。今週はとうとう一週間を通して猛暑日だったことになる。僕の住んでいる地域は大都市圏より常に2、3度は低くすごしやすいので、こんなことは初めてかもしれない。僕の仕事は土いじりみたいなもんだが、まだ眠っているセミの幼虫をほじりだしてしまったよ。暑くなるのが早すぎるんだな。
声もなく陽炎燃ゆる昼下がり
▼昨夜はテレビで「平成狸合戦ぽんぽこ」があり、子供たちはドラえもんクレヨンしんちゃん→ぽんぽこのアニメ三連発である。この映画、僕は見てないし、昨夜の放送も見なかったが、映画のタイトルから、ある夏の記憶が甦った。確かOCN時代のブログには一度書いたことがあったと思うが、重複を恐れず採録したい。
▼塾の講師をしていた頃のことだ。まだ結婚する前のことである。その頃僕は講師仲間たちと三日をおかず飲みに行った。正規の授業は夜の7時〜10時。裁量権は各教室に任されていたので、部活を考慮してスタートを30分遅らせる先生もいた。そこから補講したり個別の質問に対応していると、教室を閉めるのは早くても11時を回った。勢いみんながそろうのは日付が変わる頃になる。それから延々朝まで飲んで、電車で帰った。当時はまだ働いていた父の出勤や、登校する子供たちとよく鉢合わせになり、電柱の陰に隠れてやり過ごしたもんだ。我ながらつくづくバカだと思う。
▼僕が住んでいた街は人口百万の政令市だったが、飲み始めこそまだいろんな店が開いていても、さすがに二軒目に移る頃にはお店も限られていた。夜のお店は高級なところほど早く閉まる。クラブは0時から遅くても1時。たいていのラウンジも2時にはしまった。社用族が起きていられるのはせいぜいその時間までだからだ。それ以降に開いているのは堅気相手の商売ではない。夜の仕事を終えた人のためのお店である。女の子がいる店ではないのでそんなに高くもない。
▼明け方近くなると、いよいよ開いてる店も限られてくる。そんなお店でよくいっしょになる女の子がいた。小柄で華奢で色白で、一見したところ少女のように見えた。黒い前髪を切りそろえてカチューシャをつけていた。それがとてもよく似合っていた。店の女性客は彼女だけではなかったし、僕も講師仲間といっしょだったが、僕らは会えば自然に隣りに座って話すようになった。彼女はほとんど毎晩、いつもひとりでいた。
▼仲良くなると、彼女は僕に自分のことを話してくれた。そこいらではかなりの名門校出身で、父親が異常に厳しかったこと。今は母親と二人暮らしだということなど。僕らは帰る方向が同じだったので、よくタクシーでいっしょに帰った。朝方まで飲んだ末でのことだ。僕がつぶれてるか、彼女がつぶれていて、二人ともまともな時はほとんどなかった。
▼その手のお店でよく会う人に、もうひとり田村正和にそっくりのダンデイな男がいた。いつも隅の方で店に置いてあるギターをつま弾いて遊んでいた。彼自身がそのお店に来た女性の待ち人の時もあった。ある日夜中に彼女から呼び出されて街まで迎えに行った時のことだ。電話で言われた通りのお店を訪ねるとダンスホールのような所だった。彼女の他にもたくさんの女性が踊っていて、その中に彼がいた。彼女は泥酔していた。僕をホールに誘う彼女に向かって彼は言った。「○○ちゃん(彼女の名前)シロートさんを相手にしちゃいけないよ」
▼偶然いっしょになることが多かった店のマスターにも、彼女は送ってもらったことがあったそうだ。彼にはその気があったようだが、「そうはならなかったよ」と彼女は言った。別の日には、マスターかほかの人か忘れたが、映画を観に行ったらしい。「それが「平成狸合戦ぽんぽこ」でね。もう私は寝たわよ」と言っていた。僕らはとても気が合った。ような気がした。
▼頃合いだと思って彼女に「つきあおう」と言うと、先がないのでつきあってもしょうがないというようなことを言われて断られた。先がないというのは、将来結婚する可能性がないというような意味だ。彼女がなぜそんなことを言うのかわからなかったが、その年が明けて今の妻とつきあい始めた僕は、半年もしないうちに結婚したのだから、カチューシャの彼女や田村正和の方がいろんなことがよくわかっていたことになる。

水曜ヨガカレーで写真なし、木曜はそのカレーを使ったカレーパイと豚肉の韓国味噌炒め。

金曜は混ぜゴハンにネバネバソバ。
▼坊ちゃん嬢ちゃん育ちの僕らは、誰がどこからどう見てもお似合いの夫婦だ。そういう人と巡り合う前にもいろいろな出会いはある。