奇跡の人

大暑から立秋までの二週間は、一年で最も暑い時期である。実際にはそこからが暑さの本番で、お彼岸くらいまでずっと暑い。今年は早すぎる梅雨明け早々猛暑日が続いたが、その後高気圧の勢力が一時弱まると言われながらなかなか弱まらない。確かに曇りがちだが、陽が陰れば蒸し暑く、陽が出れば軒並み猛暑日だ。
▼今年の大暑は38度を超える猛暑日になった。38度といえば熱が出ているか、あるいは風呂に入っている状態である。横になって安静にしていなければならない。長風呂の人でも一日浸かっていればゆでだこだ。この状況で働くのはかなり無理がある。クーラーの効いたオフィスでのデスクワークならともかく、軽作業でも難しい。夏の労働はもう労役と言った方が正しい。それなのに単純肉体労働の単価は破壊的に安くなるばかりだ。ホワイトカラーとブルーカラーの関係が、また奴隷制以前に戻りつつある。「稲作が富が争いが」の世界だね。
▼僕が子供の頃は「今日は暑いなあ。何度?」「32度」「どうりで」というような感覚だったけれど、今はその頃より平均5度くらい高い。晴れれば必ず猛暑日になり、予報より結果的に2、3度は高くなる。僕が子供の頃熱中症という言葉はなかったが、猛暑日という言葉もなかった。当ブログでも「夏は暑いのが当たり前」と日本人の神経症的反応を揶揄してきたが、やはり現実に異常気象になっているのかもしれない。
▼そんな過酷な環境の中、いよいよ忙しくなってきた。いろんなことが心配でよく眠れない。まんじりともしないうちに夜が明ける。事務処理が大量にあるが、日中は現場管理と打合せに忙殺されて手につかず、夜は疲れすぎて手をつける気力がない。担当の事業所で、うつ病の社員が多いときくが、おそらく他の企業はもっとひどいだろう。たいていの働き盛りは、オーバーワークと職責からくるプレッシャーでつぶれかかっている。責任のない労役とどっちがマシか、究極の選択だ。
▼子供たちは夏休みに入り、通知表を持って帰ってきた。上の子は宣言通りクラスで3位。国語と数学は10段階評価の10.英語だけ7であとはほとんど9だ。下の子は5段階評価で体育と音楽と英語が4であとは全て3。体育の4は筆記試験が悪いためである。逆に英語は点は悪いが話そうとする姿勢を評価されたのだろう。
▼先日の猛暑日三者面談にいってきた妻は、先生の話が長くて倒れそうになったらしい。とにかく下の子を褒めちぎり、今はまだ半分も点を取れていないが、「必ずよくなる」と言って勉強方法を長々と説明しだす。下の子も話が長すぎて最後は何が何だかわからなくなったそうだ。ただ先生が下の子がかわいくてしかたないことは想像に難くない。
▼今、下の子が通っている中学はかなり荒れているらしいが、先生は二人の名前をあげてクラスはこの二人でもっているという。率先して役割をこなし、リーダーシップを発揮する。悪いことはきちんと注意する。一人は成績抜群の優等生、一人は下の子である。「今日は○○クンが××をしてくれました」学級通信のプリントには毎回必ず下の子の名前が載っている。大人社会に経済以外の指標がないように、成績以外の指標がない学校社会で、これはほとんど奇跡に近いことだ。わが子ながらかわいくてしょうがない。
▼その下の子をして「あんな人もいるんだな」と言わしめる上の子もすごい。とにかくマイペースの自由人だ。高校生版蛭子能収である。今は主にバイトとバレーの練習をしている。バイト代で車の免許を取るらしい。高校のバレー部には、どこの学校でも顧問の先生の他に非常勤や学生のチューターがいるものだが、上の子はもう八割方二人目のそれである。先生とチューターと上の子の三人で練習後メシを食いに行ったりしている。こうして無理なく順送りで目標の教師になっていくのだろう。
▼毎度親バカで申し訳ないが、この世知辛くクソ暑い世の中で、うちの子たちは一服の清涼剤だ。王子を出産したばかりのキャサリン妃のセリフではないが、親であれば誰でもこの気持ちがわかるはずだ。未来は子供たちのためにある。こうして順送りに世の中は、思ったほど悪くもならずに移ろってゆくものなのだろう。

火曜は焼き餃子。水曜はヨガカレー。

木曜は夏野菜サラダに穴子天丼。