二つの祖国

びっくりするほどの快晴である。秋晴れというより夏の空だ。31度ですよ。これが夏でなくてなんですか。午前中、配管迂回工事の立ち会いから帰ると、たまらず下の子からきつく止められているカルピスの禁を破り、つい濃いめの一杯を一気飲みしてしまった。ああうまい。
▼金曜15時、土曜10時、日曜11時と三日連続の早引けである。夏休みもなくノンストップで働いてきたのだから普通なら三連休になるところだが、そこが責任ある立場のつらいとこである。おそらくはもう今の仕事をやめない限り24時間365日完オフということはないだろう。形の上では月に2日程度の休みはあっても、平日なら電話が鳴りやまないし、休日でも雨風吹けば気が休まらない。経営者ならきっとみんなそうだろう。経営者じゃないけど。
▼下の子はこの暑い中新人戦である。ここのところ調子を落としていたが、案の定昨日もらってきた背番号は11番だった。わかりやすいほど意気消沈して、普通なら絶対行くはずの午後からの自主練にも参加せずにうちに戻ってきたが、僕らにも山奥のカフェに行くという予定があるので迷わず置きざりにした。
▼そして今日の新人戦の応援にも行かない。日曜は妻は早朝から昼過ぎまでジムだし、半ドンとはいえ僕も仕事だ。子供の試合にそろいのTシャツを着て大騒ぎで応援に行く親の気持ちがわからない。夫婦とも、最後の夏の大会に子供が出ていて、かつ都合がつけば行ってもいいかなという程度である。
▼全く関心がないというのも可哀想なので、ホントは全くないけど声だけはかけておく。「本番はまだ先だ。3年の夏までにレギュラーになればいいじゃん。誰もがレギュラーになれるわけじゃない。ソフトの時4番キャッチャーで晴れがましい気分はもう知ってるでしょ。いい経験じゃん。パパなんかずっとレギュラーで試合でも負けたことないからそういう人の気持ちがわから…」「ウザイ!」感動的な演説を途中で遮られてしまった。でもニタニタ笑ってたから大丈夫だろう。
▼午後から妻と買物がてらドライブに。車中でとりとめのない話になる。妻の知人のお嬢さんとつきあっていた僕の知ってる若い土工の姿が最近見えないと思ったら北海道に帰ったらしい。北海道のどこだか知らないが、同郷の集団で出稼ぎにきていたのだ。僕がよく仕事をたのむもうひとつの下請は沖縄のグループだ。産業が集積し、ある程度仕事のある地域には、北海道や沖縄からの出稼ぎが目立つ。ここにブラジルやフィリピンからの外国人を加えてもいい。
▼札幌などの都市部に飲食サービスの仕事は多少あっても、北海道や沖縄だけでなく東北や九州、山陰や北陸の地方に若者の働く場所などない。めぼしい産業はなく農業は壊滅。財政の逼迫に伴い財務官僚のプロパガンダですっかり無駄遣いよばわりされているが、補助金事業以外に仕事なんてありっこない。
▼出稼ぎグループは同じひとつの部落の出である。部落の若者の面倒をみる親方は、地元に帰れば選挙にも影響力を持つ有力者だ。親子兄弟で出てきている人も多い。親も出稼ぎ労働者で、進学するお金もない家の子供は、件の若者のように中学を出たらそういった互助会組織を頼って出稼ぎと帰郷を繰り返しながら年をとっていく以外の選択肢はない。それとも彼らも勉強すればどうにかなるとでも言うのだろうか。
▼妻と、若い二人に別れの愁嘆場があったかという話になる。なかっただろうという点では一致したが、それでは彼らのつきあいとはいったいどういうものだったのだろうということになる。妻はただ遊び相手だっただけよと言う。僕は別れの言葉もなかったと思う。彼らは一様に無口だ。彼らは言葉を持っていない。「いろいろ考えたけど、北海道に帰ることにした」とか複雑な時制やニュアンスは聞いたことがない。
▼バカにするなと怒られるかもしれないが、出稼ぎ先のプレハブ小屋に帰るの帰るも北海道に帰るの帰るも同じではないか。複雑に考えようと考えまいと現実は変えようがないからだ。全ては想像でしかないが、彼らのつきあいが、少なくとも僕がブログで女々しく回想するような種類のものでないことだけは確かだ。
▼海岸線を飛ばして次回のランチデートのカフェに目星をつけてから買物に向かう。パチンコ屋の隣りにある、中堅小売が格安チェーンに身売りした店舗の敷地に入ると景色が一変した。駐車場には二度と車検に通らないような車が溢れ、外人とヤンキーしかいない。ここは本当に日本だろうか。
▼店に入ると僕が担当する事業所の知人が目に飛び込んできた。店内はごった返していたが、向こうもすぐに気がついた。二言三言挨拶を交わす。特別背が高いとかイケメンというわけではない。ごく普通のオッサンである。単にこざっぱりした格好をしているにすぎない。しかしとにかく客層がひどすぎて僕たち夫婦と彼だけが周囲から浮いていた。自分で言うのもなんだが、まさに掃き溜めに鶴という感じだ。
▼人気ブロガー女史が提唱する格安経済圏のことだが、一物二価というより日本国民が二種類いると言った方が近い。公務員及び大企業の労働貴族と、出稼ぎ労働者に飲食サービスのパートである。アベノミクスも結構だが、政府の想定している国民の平均像はどっちだろう。公務員の方を想定しているのなら、地方の私立高校や格安スーパーをのぞいてみれば現実がわかると思う。
▼そこではみな髪を金髪に染め、タバコ片手に地べたにしゃがんでツバをはいている。恰好はともかく、そこに希望があるかないかが問題だ。先ごろお亡くなりになった山粼豊子先生の小説ではないが、地理的な意味でなく日本は二つある。二度目の東京オリンピックが、一度目の時のように日本を再びひとつにしてくれることを願わずにはいられない。具体的にそれは、件の若者たちが汗をかけば稼ぐことができ、彼女と家庭を持つことができる国のことだ。

金曜はギョウザにカボチャサラダ。

土曜はナスとキノコのトマトパスタに夏野菜サラダ。

そして今日はナスとししとう炒めに夏野菜サラダパート2。昨日のアボガドがモッツァレラチーズに変わっている。
▼格安経済圏の食材を見事に調理する妻はまちがいなく政府の想定する日本国民だが、僕は転落の淵に立っている自分を自覚せずにいられない。これだけ働いてまだ努力が足りないというのなら、日本は絶望列島としか言いようがない。