たまには父である

台風が近づいているとは思えない見事なまでの秋晴れである。この三連休、僕は最終日の今日だけ休むことができた。やはりスタッフが三人いるのは大きい。事業所のルールに慣れていない人に任せて現場を離れるリスクは高いが、いつまで躊躇していても仕方がない。
▼先週の金曜は、そのスタッフ三人と決起集会。僕以外は新卒採用なので、それぞれ僕より年齢は下だがキャリアは上である。年齢×キャリア=大差なく、誰かが絶対的な所長で誰かが絶対的な下働きという感じではない。指揮命令系統をハッキリさせるという意味ではマイナスかもしれない。三人とも年齢的にもキャリア的にも中堅の時期は過ぎ、もうベテランといっていい頃合いだ。
▼一口に仕事といっても、人によって普段は全く違うことをしているということが、たまに人といっしょに仕事をするとよくわかる。ひとつひとつの具体的な工事のやり方から、仕事観といった抽象的なものに至るまで全てにおいてである。一方にとって当然のことも、他方にとっては初めてきくような話だったりする。
▼例えばリフォーム畑でずっとやってきた人は、やりにくい中での細かい配慮に長けている。逆に新築の野帳場をやってきた人は、大局観と大段取りに優れている。そういった仕事上のキャリアの背後に、生まれや育ち、現在の境遇、仕事観に留まらず人生観のような個人的なものが控えている。一言で言えばその人の背景だが、その隔たりは、同じ仕事をしているように見えても一般に考えられているよりずっと大きいものだ。
▼仕事を進める上でスタッフが基本的な考えを共有することは不可欠だが、人は普通自分にとってわかりきっていることをいちいち確認したりはしない。その当然の前提が人によって全く違うのだからやっかいだ。バラバラの考えを統一するためには繰り返し意見交換と摺合せをする必要がある。仕事とはほとんどそのことだと言ってもいい。時に雰囲気が悪くなることもある。阿吽の呼吸が好きな日本人の苦手とするところだ。そんな時飲みュニケーションは欠かせないツールである。
▼社内の飲み会は参加しても忘年会くらい、それも一次会止まりの僕は、同世代同期入社の人に誘われるまま飲むくらいで、二人と飲みにいくのは初めてである。きけば仲間内でけっこう頻繁に飲みに行くらしい。飲みュニケーション不足を痛感する。飲めば普段は話さない家庭の話も出る。その人が抱えている背景の一端を窺い知ることができる。それがその人の考え方、ひいては仕事ぶりを理解する上で大きな助けになる。そしてそれはお互い様なのだ。
▼僕もそうだったのでよくわかるのだが、40まではまだまだ女の子のいるところに行きたいものだ。彼らも二次会は専らキャバクラを利用しているようだが、まずは自分を知ってもらおうと居酒屋の後いきつけのバーに誘った。ママと日替わりの女の子でやっているカウンターだけのお店だ。前回ママに美味しいと薦められて入れたカリラだが、あまりのスモーキーな味わいに杯が全く進まない。
▼「これはちょっと…」ひとりが絶句すると、もうひとりが「僕もウチのみでシングルモルト飲みますよ」と言いながら、間髪入れずグレンリベットをボトルキープするではないか。意外である。「いやあ、いつもマッカランかグレンリベットだからちょっと冒険してみたんだけど、さすがにクセあるね」他愛のない会話だが相手との距離がグンと縮まったような気がする。
▼今日は午前中に以前からチェックしていた讃岐うどんのお店に妻とランチデート。朝を食べずに早めに出てブランチにして正解。11時開店の前にもう並んでいる。メインは三種類の天ぷらセットとかけ、ざる、ぶっかけ、釜揚げとの組み合わせ。僕は鶏天のざるにした。

▼午後からは職業体験で訪ねる会社の下見に行きたいという下の子におつきあい。電車とバスを乗り継いでいくので本番当日迷わないか不安だという。ミズノのローカル版のようなスポーツ用品メーカーらしい。上の子なら絶対必要ないこんな下見につきあわなければならないところが下の子の世話が焼けるところだが、野球部の3バカと行く中で自分がしっかりしないとたどり着けないという下の子の気持ちもわからないではない。
▼せっかくなので帰りに「映画でも観ようか」と誘ってみる。待たずに観れるものを観るつもりでシネコンに行くと偶然「そして父になる」になった。

場内あちこちですすり泣きが漏れる中、僕は終始笑いっぱなしだった。東京のエリートサラリーマンと田舎の電気屋の家族という対比、ピアノにお受験にラジコンカー、取り違えのテーマといいグレン・グールドゴールドベルグ変奏曲を流すセンスといい、僕らの世代の感性ダダモレの作りである。しかし映神様は細部に宿る。僕はこの映画は傑作だと思う。
▼帰りに「そして父になるってどういう意味?」ときく下の子に「さあ、いろんなことがあって気づくこともあるってことじゃないかな」と答えておく。逆に下の子に質問してみる。「うちは福山雅治んちとリリー・フランキーんちのどっちだろう?」「リリー・フランキーんとこに決まってるやん」怪訝そうに答える下の子の返事をきいて、ホッとすると同時に少しガッカリした。複雑だ。