リアルとファンタジー

台風がやってきた。本当に困る。普通の雨でもたくさん降れば漏れる。まして横殴りなら漏れ放題だ。雨はガラリやフードの下から、サッシの取り合い、コンクリートのひび割れと、どんな小さな隙間も見逃さず浸入し、つたい落ちる。あちらをテープで塞ぎ、こちらにコーキングを塗りつけても、水はいかようにも逃げ、別のルートを見つけるのだ。
▼そんなイタチゴッコを長く繰り返していると、水の浸入を完全に防ぐより、水の道を影響が少ない方向にうまく誘導してやる方が現実的だということがわかる。まずはオイルパンで受け、ビニルホースを室外に引っ張ってやる。防水層が破れて雨水が下に入り込んでいれば、浸入口をつぶすより、むしろシモの方を切開して水を逃がした方が得策だ。行き場がなくて滞留すると、水は必ずそこから漏れる。
▼さて、過去ログをひも解くと、日本一権威のある文学賞芥川賞と、世界一権威のある文学賞ノーベル文学賞への言及は毎年なされているようである。去年は中国の全く知らないおっさんだったが、今年は短編小説の名手と言われるカナダ人女性が受賞した。読んだことがない点では昨年と変わるところはない。ゆえに二年連続で本命視されながら受賞を逃した村上春樹についての感想になるのは大方の日本人の反応と同じである。
▼受賞者が決定した後の先週末、NHKラジオすっぴん金曜パーソナリティ高橋源一郎アニキの名物コーナー「ゲンチャンの現代国語」で、ハアハア、マエフリが長すぎて息切れしちゃったよ。気を取り直して「村上春樹 読める比喩辞典」という本を紹介していた。当然ながら本の紹介は、そのまま小説の中の村上春樹の比喩表現を具体的に紹介していくことになる。
▼例えばこれね、(とゲンチャンが藤井彩子に上から説明する感じで)微笑みの比喩で「彼女は上等なハンカチが広がるように微笑んだ」同じ微笑みの表現で「まるでずっと降っていた雨がやんで最初の光が雲間からこぼれる瞬間のような笑顔」。それからボブ・ディランの声の比喩で「まるで雨の日に窓からずっと外を眺めている子供のような声」。そして恋に落ちた瞬間の比喩「広い原っぱを歩いていて突然中くらいの稲妻に打たれた感じ」…
▼うろ覚えなので細かいマチガイは勘弁してください。ラジオで聴いた時はむちゃくちゃ新鮮だったのに、こうして書いてみるとそうでもないな。やっぱりその細かいところが肝心なのかも。源一郎アニキはこれを「リアリティを出すために、あえて普通の使い方でない比喩を使う」と言ってたけど、これらの比喩で僕が思うことは、村上春樹が視覚の人だってことだ。彼が絵を描くのが趣味で、玄人はだしだって話は聞いたことがあるようなないような。
村上春樹の小説のテーマは、戦争とパラレルワールドじゃないかと僕は書いた。けど本当はそんなことどうだっていいのかもしれない。彼の小説を飾るスタイリッシュな音楽や文学に関する固有名詞の数々も、彼が自分の知識をひけらかしたいわけじゃないのはもちろん、小説の道具立てですらないかもしれない。前述のボブ・ディランの声の比喩だって、彼が自分の大好きなミュージシャンに言及したくてわざわざ小説に登場させたわけじゃなく、むしろ唐突にふと浮かんだイメージ、雨の日に子供が窓から外を眺めているシーンがどうしても書きたくなったのが先で、ボブ・ディランはそのための案内人にすぎないんじゃないかしら。
▼「そして父になる」を見ていて、僕は初回しか見なかったTVドラマ「ゴーイングマイホーム」が重なって仕方なかった。是枝的原風景とは、「ゴーイングマイホーム」の主人公の実家であり、「そして父になる」の主人公夫婦の実家であり、リリーフランキー電気屋なのである。都会でいくら成功しても、浮ついた仕事をしているという意識がどうしても抜けない。だからフランキーの電気屋は二階建てだが、たしか二階のシーンは一度もなかったと思う。
▼それは「北の国から」のような大自然の残るド田舎でなくてもいい。きわめて昭和的な地方の戸建て住宅の居間で、家族とコタツを囲む風景だ。必ずしも尊敬と親愛の情ばかりとは限らない。親子特有の複雑な感情もあるだろう。それでもなお夏八木勲のような父親(両方出演)がいて、吉行和子ゴーイングマイホーム)や吹雪ジュンや樹木希林そして父になる)のような母親がいる実家が一番落ち着く。そしてそこで流れているピアノはブルグミュラーなのである。
福山雅治の妻役の尾野真千子がいい。膝をハの字に折る座り方が特にいい。おっとりして特別取り柄もない地方出身の娘を好演して余りある。どこで知り合ったのだろう、勝ち組エリートの主人公が選んだ女性が、フルタイムのキャリアウーマンどころか、柔らかい素材の服を着て一日中家事をしている専業主婦である事実が、是枝の本当の欲望を物語っている。そしてそれはオオコケした「ゴーイングマイホーム」や彼の映画デヴュー作「ワンダフルライフ」の世界と同じように、もはやファンタジーでしかない。

水曜はヨガカレー。正確には月、水、木、日だが。

そのジムでいっしょになる奥さんにハワイ土産をもらってきた。でも妻の作ったクッキーの方がずっと美味しい。これはもう主婦のファンタジスタだ。