月に吠える

伊豆大島で多くの犠牲者を出した台風の後、早くも次の台風が南海上に顔を出した。来週はずらっと傘マークが並んでいる。仕事上本当に困るが、災害に比べればマシだと思うほかない。昨夜は雨模様の雲間に奇跡的に満月がのぞいていたな。
▼さて、先日の東京自由人日記は、駒場野公園でのBBQ大会のリポートだった。渋谷のんべい横丁の常連が、毎年開催する秋恒例の行事である。飲み屋の常連の外での集まりって、そもそも飲み屋がオフなんだから、オフのオフでオフオフ会ってことになるのかな。みんなオフに飢えてるんだな。きっとみんなそれくらい疲れてるんだ。僕だけかな。
▼ブログの写真を見ると、随分木の多い公園だ。その枝ぶりを眺めているうちに、また埋もれていた記憶が甦ってきた。会場の駒場野公園は、僕が彼女とつきあっている間に行きたくてついに行けなかった駒場公園の南にある。彼女にフラれた後、彼女のテリトリーである渋谷から世田谷一帯にかけて、半年くらい彼女の足跡を探して歩く中で、近代文学館も含め駒場公園も回ったはずだが全く思い出せない。なぜなら彼女の面影だけを探していた僕の目に他のものが映る余地なんてなかったからだ。やってることはほとんどストーカーだな。
▼そんなある日、彼女と出会ったシモキタのお店のオフ会に誘われた。もうBBQだったか鍋だったか忘れたが、夜の公園だったことは覚えている。主なメンバーはお店に出入りしていた劇団員だったと思う。僕はそのイベントに彼女を誘った記憶があるから、フラれてまだ間もない未練タラタラの頃だったはずだ。たしか「姉が来てるから(行けない)」という返事だった。
▼心ここにあらずの状態で、彼女が不在の宴会も半ばを過ぎた頃、劇団の主宰の男が誰にともなく「今日○×は?」ときいた。「お姉ちゃんが来てるから来れないって」間髪入れず勢い込んで僕は答えた。あまりの僕の勢いにみんなあっけにとられていたが、すぐにまたそれぞれの談笑の輪に戻っていった。僕も再び沈黙の殻に閉じこもった。彼女と僕の間に何かあったなんて誰ひとり思ってなかったと思う。実際何かあったの?と言われれば何もなかったのかもしれないが。
▼彼女はずっとお店でバイトしていたのだから、オフ会の中心メンバーだったはずだ。その日の企画だって、僕が誘う前にとっくの昔に誰かが誘っていただろう。後できいたところによると、彼女と連絡がとれなかった八月、「いろんなしがらみを洗い流すために」彼女が泳ぎに行ったという海も、彼らといっしょだったというから、僕には想像もつかなかった彼女の交遊範囲も案外僕が想像するほどでもなかったのかもしれない。
▼お店で顔を会わせる以外、参加者の誰ともつきあいがなかった僕は、その頃いつもそうしていたように、ただひたすら酒をあおった。だがいくら飲んでもちっとも酔えなかった。ついに僕は立ちあがって傍にあった木に登り始めた。木の下で口ぐちに「降りてこい」と呼ぶ声がしたから、かなり高いところまで登ったのだろう。しっかりした枝ぶりの登りやすい木だった。自由人さんのブログにあった駒場野公園の木を見て、そのことを思い出した。
▼暑くも寒くもない秋の夜だった。空にはきっと昨夜のような満月が輝いていたに違いない。僕は高い木の上からいつまでも夜空を見上げていたが、星も月も何も見てはいなかった。ただひたすら自分の記憶の中にある彼女の痕跡を探していた。会がおひらきになるまで、ずっとそうしていた。
▼帰りにホームのベンチで電車を待っていると、後からやってきた参加者の女のコがいきなり僕の膝にのっかって、「あー、あったかい」と言ったが、やっぱり僕は何も感じなかった。今の僕からは考えられないことだが、自分の乗る電車が来るとさっさと乗り込んで、そのコにお愛想のひとつも言わなかった。
▼かなり以前から、というより上京してほとんどすぐに、僕はその店に通うことだけが唯一の楽しみになっていた。そしていつのまにか彼女はそこにいた。お店の扉に続く狭い階段は、僕にとってほとんど天国への階段と言ってもいいくらいだった。二人きりで会うようになってからほどなくして彼女はお店をやめた。その時点で、彼女への道は半ば閉ざされたようなものだったのかもしれない。なぜなら僕はオフ会というものが苦手なのだ。