甘えと卒業

ここ二日ほど、日中は寒気が緩みぽかぽか陽気だった。凍えた身体と心が少しずつ溶けていくようだ。日が落ちると一転厳しい冷え込みである。大寒に向け、また一段と寒くなりそうだ。
▼火曜は定時でうちにとって返すと、しんしんと冷え込む夜を街まで映画を観にいった。特に観たい映画があったわけではないが、仕事ばかりの毎日に嫌気がさし、矢も楯もたまらず出かけたのだ。本を読み、映画を観ることで現実が変わるわけではないが、少なくとも気分転換にはなる。
▼僕の住む街は、地方にはめずらしく単館系の作品を上映するミニシアターがある。エレベーターで雑居ビルの３階まで上がると、フロアの壁に五周年を祝う寄せ書きが貼られていた。やっぱりムシャクシャして東京まで「アンナと過ごした四日間」を観るために新幹線に飛び乗った顛末を書いたのは、はてなの前のブログだから、それくらい前のことになる。今はもう映画だけのために東京まで行く必要はない。
▼ここんとこ忙しいのと上映時間が合わないのとで、観たい映画を見逃し続けている。封切館ではないので、１スクリーンで１日に数本の映画を上映するのだが、ひとつの作品は１日１回の上映となる。僕は土日が仕事、いや土日も仕事、つまりは休みがないので、昼間に組まれてしまうともうお手上げである。オールナイトとは言わないが、せめて１９時以降でないと。
▼というわけで、たいした選択の余地もなく、うちに帰って一風呂浴びて着替えて出かけた時間にやっていた「もらとりあむタマ子」を観る。

主演は元ＡＫＢ４８の絶対的エース、不動のセンター前田敦子。アイドルの中のアイドル、キングオブアイドルである。だが、大学を卒業したのに就職するわけでもなく、実家で食っちゃ寝の生活を送るだらしない主人公を演じる彼女に、その趣はどこにもない。
▼それは彼女が彼女自身の中に、夢だった女優としての才能を豊かに湛えている証かもしれないし、あるいは彼女、またはＡＫＢのメンバー、さらにはその前身であるおニャン子に至るまで、生みの親、秋元康のコンセプトそのものがタマ子のような普通の女の子をイメージしたものだったからかもしれない。
▼映画はタマ子が既に親元に戻り、ぐうたらな生活を送る秋から始まる。従って、タマ子がなぜ大学を出て親元に戻ることになったかの理由はわからない。冒頭からわかることは、タマ子の実家が「甲府スポーツ」であることから、舞台が山梨県甲府の笛吹川沿いであること、どうやらタマ子と父親の二人暮らしらしいことなどだ。映画はそれからの四季を描いている。
▼甲府といえば、富田監督の「サウダーヂ」である。甲府は自主制作映画のメッカなのだろうか。自主制作かどうかは定かでないが、低予算であることは確かだろう。タマ子役の前田敦子と、タマ子の父親が近所に住む実姉に紹介されたアクセサリー教室の先生役の富田靖子以外の出演者に、知った名前はなかった。
▼タマ子のぐうたらぶりは徹底している。朝は寝たいだけ寝て、起きてくると父親の作り置きをチンして食べ、タマ子のパンツを干し終わった父親が居間に戻ってみると、皿も洗わず便所でマンガを読んでいる。出てきてマンガの続きを読んでいるうちにまた寝てしまう。とにかくマンガを読むかテレビを見るか食べるか寝ているかで見事に何もしない。ただ父親といっしょにいるということを除いて。このような態度を、普通は甘えという。
▼「なんのために大学行かせたと思ってんだ！」冒頭からブチ切れる父親に娘は言い返す。「私だってその時が来たら動くわい！」「そりゃいつなんだ！」怒鳴る父親にタマ子は言う。「少なくとも今ではない」父親が怒るのはこの一度きりである。父親の元をなかなか去れない娘というのは小津映画によく描かれる関係性だ。原節子が突然お嫁に行くように、タマ子の「その時」も、そう遠くない時期にやってくる。
▼最後の季節となる夏、伯母さんが父に紹介した女性が気になり自分で確かめたタマ子は、帰り道、笛吹川にかかる橋の上で母親に電話をかけるが母は素っ気ない。そして「あの人いい人だね」と、父の新しい恋人を認めようとする娘に「いまさら他人といっしょに暮らすつもりはないよ」と答えつつ、父は娘に「夏が終わったらここから出てけ。就職してようがしていまいが、ここから出てけ」と告げる。
▼人生にはいろんな卒業がある。親であること。子であること。大学を卒業したからといって、それらはまだ終わっていない場合もある。奇跡的に互いの卒業が一致したタマ子親子だが、人間関係は必ずしも円満に「自然消滅」する例ばかりではない。だがいつかきっとその時はくる。なぜなら誰も時の流れを止めることはできないのだから。
▼弟の誕生日だったその晩、帰りに妖艶なママの店に立ち寄った僕は、気分よく酔ってお祝の電話をかけるのをすっかり忘れてしまった。弟も僕も、もう兄弟というよりは、それぞれ独立した一家の家長なのだ。

その日の夕飯は焼き春巻に味噌仕立ビーンズスープ。

水曜はヨガカレーで写真なし。木曜は焼肉にキムチサラダに博多ラーメン。

そして今日はそぼろごはんにトマトとほうれん草と白菜のサラダ。