深く恥じ入る

記録的な大雪以来寒い日が続いていたが、ようやく寒気も緩んできた。快晴のグランドで野球に興じる若者たちも気持ちよさそうだ。春はもうそこまで来ている。
▼さて、早いものでソチ五輪が閉幕した。大会を通じて、日本の選手たちは素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。特に若い人たちの活躍には目を見張るものがあった。これは夏冬共通の傾向だが、競泳の北島康介の登場あたりから、日本人のメンタリティーはいい意味で変わってきたような気がする。周囲の期待に押しつぶされて実力を発揮できないタイプが比較的少なくなった。
▼自殺したマラソン円谷幸吉ではないが、昔の選手は国(民)の期待に応えることしか頭になかったと思う。僕らの世代くらいから、照れ隠しに「オリンピックを楽しみたい」と言う人が増えた。美人スイマー千葉すずあたりがそうだ。スノボのメダルコンビのように、今の若い人は「楽しい」と言えば心から楽しんでいる。「金メダルをとる(自信がある)」などと力んだり強がったりするのは、やはり年配の選手だ。若い世代ほど、晴れの舞台で自分のパフォーマンスをすることだけを心掛けているように見える。本番に際し自然体で臨み、周囲への感謝を素直に口にする若者が多くなったのはいいことだと思う。
▼注目の女子フィギュアは、メダルにこそ届かなかったものの、浅田真央が感動的な演技を届けてくれた。彼女がなぜ国民的人気を博しているのかわかる気がする。それは彼女が、普段我々が忘れている大事なことを思い出させてくれるからだ。バンクーバーでいえばそれは勝利への執着であり、ソチでいえば逆にメダルが全てではないということ。
▼日経朝刊コラム「春秋」では、SPで失敗した真央ちゃんを評して、「あの子は大事な時に必ず転ぶ」と口走った元首相を取り上げていた。たとえそれが期待の裏返しから思わず出た言葉にしろ、あまりにもひどすぎた。元首相は真央ちゃんのフリーの演技を見てどう思っただろう。まさか「どうせメダルに届かないのに今さらいい演技をしてもムダだ。どうしてこれがSPの時にできないんだ」とでも思ったのだろうか。
▼どんなに頑張っても、もう挽回不可能な位置から全力で演技する彼女の姿が、我々にあきらめない心、挑戦する勇気の大切さを教えてくれる。「頑張ったってどうせ…」見渡せば世間ずれした訳知り顔の大人のなんと多いことか。そんな「利いた風な口をきく大人たち」を「あの子」は深く恥じ入らせるのだとコラムは結んでいた。
▼日ごろブログで気の利いたことを書いたつもりでいい気になっていた僕は、このコラムを読んで顔から火が出るほど恥ずかしかった。自分の中にも元首相と同じ、どうしようもなく軽率で、どうしようもなく反動的な部分があることを認めないわけにはいかない。
▼元首相は来る2020東京五輪組織委員会の会長である。いや、もっと言えばかつてこの国の首班だった人物だ。彼のような人間でも仲間がいて、支持する人たちがいるという事実にまず驚きを禁じ得ないが、悲しいかなそれが現実である。
▼だがその一方で、彼が真央ちゃんのように全国民、ひいては世界中の人々から、惜しみない称賛の拍手を得ることはないだろう。その意味では普通の人々の普通の感覚もあながち捨てたもんじゃないと思う。それとも彼は、「それはオレの仕事じゃない。人を感動させるのはアスリートの仕事だ」とうそぶくのだろうか。
▼期末の激動に巻き込まれてなかなか更新することできない。ウチゴハンも周回遅れだ。

先週の土曜は焼肉にオヤキ。

月曜はビビンバ。

火曜は厚揚げの肉巻にピカタ。

水曜ヨガハヤシで木曜はロコモコ丼。
▼金曜は業界団体の総会。立食の懇親会で事前に社長に謝るリストを渡しておいたら戻ってきて「こっちもなんで頭下げてるのかわからんし向こうもなんのことかわからずにお互いに話合せようとするから何がなんだか」と嘆いていた。まったく今期は空気が悪い。流れが悪い。一度ミスするといつまでも引きずってよくない。いかに真央ちゃんがスゴイかわかるというものだ。