実践倫理学講座初級編

ここ数日、潮干狩りに行かなくても意外に寒い。ストーブを入れるほどではないが、足元が寒いのでホットカーペットを入れるくらいの寒さ。我が家ではこれを「薄ら寒い」と言う。これって標準語?
▼例年この時期はヒマである。そんな時どう過ごしていたか。3、4年前まではお祭りに参加していた。GWの本祭まで約一ヶ月間、町内の人たちと飲み続けるのだ。3年前に震災があり、一昨年は社員旅行で韓国に、去年は私的に東京に行った。このあたりのことは当ブログでもたどることができる。それ以前のことは、OCNブログ人に投稿していたが、消失してしまった。
▼さらにそれ以前のこととなると、もう記憶に頼らざるをえない。ただ、ブログやツイッタ―やフェイスブックのような自己発信ツールが充実するずっと以前から、僕は今のブログにあたるものをやり始めていた。個人向け端末としては、まだパソコンよりワープロの方がポピュラーだった時代に、その保存機能を使ってせっせと日記を書きためていたのだ。
▼将来の公開を見据え、ワープロはモデムで通信機能が付加できる機種にこだわった。僕が都落ちした後、結婚する前の1993〜94年頃のことだ。これも結局は陽の目を見ることなく、ワープロ時代の終焉と共にあっさりハードごと消滅したが、手書きの日記が三日と続いたことのない僕にとって、けっこう楽しみな日課だったことを覚えている。
▼一方で僕は文学部に在籍し、周囲にも文学青年で通っていた割に、この年になるまでいまだ一冊の本も上梓していないのはもちろん、再三告白している通り、卒論どころかレポートすらろくに提出したことがない。僕がこれまでにある程度まとまった文章を書いた記憶としては、小学校5年の時担任への意地だけで書いたSF小説モドキと、大学2年の時のフランス近代文学の演習で提出したレポートの二回くらいだ。
▼このうち小学校の時の作文は、途中のくだりの全体の約1/5くらいは、ちょうどその時読んでいたSF小説のパクリである。でも盗作しているという意識は全然なかった。オートマティスムというかなんというか、わかりやすくいえばランナーズハイのような状態で、わーっと一気に書き上げた後は、達成感と爽快感でいっぱいだった。
▼大学2年の時のレポートは、「最新の説がよくまとまっている」と小林先生が授業で推奨していたラルース現代文学辞典の中の、レポートのテーマに対応する章を丸写しした。先生オススメの原書を購入し、なおかつ和訳したわけだから、逆に「よく勉強している」と褒められるんじゃないかと内心期待していたが、結果は可だった。パクリだから当然と言えるが、訳文もヘタクソだったのもしれない。
▼またまたオボカタさんネタで恐縮だが、彼女の釈明会見を見て、僕は未熟でずさんな若かりし頃の自分が思い出されて同情を禁じ得なかった。当時の僕と同じように、オボカタさんも悪気なんかないに決まってる。ただコピペじゃ博士号どころか、学士の一単位だって温情で可がいいとこだろう。そこに現実と彼女の意識のズレがある。
▼「STAP細胞は、あります」今やSTAP現象という単なる着想にすぎないものが、彼女自身の全存在の拠り所だ。世界的な研究だろうが、しがない日常を綴るブログだろうが、レゾンデートルの切実さに変わりはない。しかしそれを「第三者にもトレース可能なもの」にするには、彼女も僕も最低限「手書きのノート」の作成が必要不可欠だったと思う。
▼今日は仕事が午前中で終わったので、隣市まで映画を見に行ってきた。

「ほとりの朔子」
宣伝ポスターから勝手に、圧倒的な映像美で迫るような作品を想像していたが、だいぶ印象が違った。もっとずっと倫理的な作品だった。映画が訴えているであろうことが、僕にとっては至極当たり前の感覚だったので、正直ほっとした。僕が読み違えていなければの話だが。

土曜はゴルゴンゾーラのクリームパスタにドイツパン。

そして今日は絶品カラアゲにスパニッシュオムレツ。