四年に一度の楽しみ

この土日はよく晴れた。二日とも炎天下の土工事で疲れきってしまった。やはり二ヶ月半のブランクは大きい。作業をするのは作業員で、僕は特に何をするわけでもないのだが、強い陽射しに体力を奪われた。あと3ヶ月は暑い日が続く。今からこれじゃ先が思いやられるよ。
▼うちに帰ってからも身体が火照って節々が痛い。それだけではない。昨日仕事中に転んで膝をしたたか打ってしまった。その際手をついて、ヤンキースの松井がライトフライ捕ろうとして手首が裏返ったみたいに指が逆さまになってしまい、そこも痛い。
▼これまではこんなことはなかった。今までは①つまづかなかった②つまづいても転ばなかった③転んでも手をつかなかったのが、①足が思ったよりあがらず②バランスを崩しても修正がきかず③受身がとれなくなったのだ。つまり咄嗟の反応がワンテンポ遅れるようになった。脳の認識と身体の反応の間にタイムラグがある。これは老化の特徴である。
▼ワールドカップが始まってからというもの、朝早く目が覚めても朝刊がくるまでの間、退屈しなくていい。各国代表同士のゲームは全64試合全てがおもしろい。開幕直後からのスーパーゴールラッシュに「これは日本人にはムリだな」と唸っていたら、案の定初戦を落としてしまった。
▼思うのは、やはり外人と日本人では積んでるエンジンが違うということ。海外で活躍している選手たちも、1/11なら非力さもそれほど目立たないが、×11になるとその差は誤魔化しようがない。スペイン大敗にも見られるように、今大会は特に小回りのパスサッカーは分が悪そうだ。これは会場が高温多湿のブラジルということも影響があるだろう。
▼もうひとつ思うのは、「自分たちのサッカーをやるだけ」とか「自分たちのサッカーができなかった」というコメントへの違和感である。選手たち自身も感じていたように、日本はコートジボワールに「研究されていた」。こういっちゃなんだが、オツムより身体能力が優れたアフリカのチームが日本を研究して、体力に劣るが頭のいい日本が「自分たちのサッカーをする」なんてのは逆じゃないのか。
▼Mr.サンデーで、木村太郎コートジボワール戦の感想をきかれて「僕みたいなシロートには技術的なことはわからないが、フィジカルの差は圧倒的ですね」といい、これまでの全試合のゴールシーンの後でもう一度ふられて「とにかく速い。スピードが違う」と答えていたが、僕の感想も全く同じ。個人も民族も得手不得手はある。日本がサッカー大国になるのは、アフリカや中南米の国が経済大国になるようなものだ。
▼というわけで、サッカーにさほど興味のない僕も、さすがに今日はそわそわ。10時の休み時間には業者仲間とワンセグ観戦。その後も時々カーラジオのスイッチを入れた。何の気なしに、来ていたハツリ屋の若い子に「今日はサッカー見たかっただろ。ゴメンな」と言うと、「ほんとですよ。ホントにそれくらいしか楽しみないですもん」というセリフがあまりに実感がこもっていて、ちょっと狼狽えてしまった。
▼彼らは仕事がないときは全くない。手取りが十万くらいの月はざららしい。多いときでも時間で切られ、二十万そこそこだ。「結婚なんか絶対できない」し、「家賃はともかく食費がたいへん」という貧乏学生なみの暮らしぶりである。家族持ちの人は奥さんが働くのはもちろんのこと、それでも足りなくて深夜に代行運転のバイトをしている。お金がないので娯楽は専らレンタルDVD鑑賞だ。
▼実のところ昨日こそ、よく使っていた作業員がクビを吊ったという話を聞いたばかりだった。もうひとり僕のところに3月まで来ていた作業員も、それ以降来てないという。
▼日曜日の10時から酒でも飲みながらワールドカップ観戦することが、四年に一度の楽しみであるような、そんなケンタやジュンやカヨちゃんが、経済大国日本にもかなり増えているのは事実だろう。それでもまだ世界には、若者の夢や国民の娯楽がサッカー以外ないような国はいくらでもある。

昨日は牛肉とピーマン炒めにキャベツサラダ。