秋風にギターの啜り泣く…

昼休み、いつものようにパイプ椅子の上で腕を組んで首を垂れ目を閉じたが、寒くて眠れない。二台のクーラーのうち一台をとめ、それでも寒くて換気扇を回した。午後1時を回って休憩所を出ると、秋がやってきていた。
▼日によって気温は上がったり下がったりするが、確実に季節が変わったと感じる日がある。夕刻、束の間晴れた高い空に刷毛を引いたように筋雲が浮かぶ。仮設トイレに蜘蛛が巣を張っている。やたらに蚊が出てくる。あまりに暑いと蚊も参るのだろう。憐れ蚊というように、涼しくなってからがしぶとい。帰り道駐車場から歩く道端の草むらに虫の音が聴こえる。
▼社用車が変わって、FMラジオが聴けるようになった。午後4時からのFMプラザも今週はずっと「夏の終わり」特集をやっている。水曜パーソナリティは鈴木万由香。久しぶりに聴いたが、相変わらず鈴の鳴るようないい声だ。みんな夏の終わりの寂しさばかり強調するが、夏中遊び呆けている上の子ならともかく、汗水垂らして働いている身としてはホッとする気持ちの方が大きい。
▼火曜は会合があって、めずらしく社長といっしょに出席した。毎度出欠の連絡の時には「お前が出てもしょうがない」と社長の名前で出すのだが、結局直前になってダブルブッキングになり「お前出とけ」となるパターンが多い。直前に僕の大チョンボがあったせいか、ここ2回は立て続けに揃っての参加である。
▼社長に謝らせて本人が知らんぷりというのもおかしいのでついて回ると、「ヘラヘラついてくるな」と怒られ、それならと離れていると、「お前何しにきたの?」と言われる。お詫びも必要だが、こういう席では来賓全員に一通り挨拶することが大事だ。人により重要度に差はあるが、どこかで線を引くことはできないからだ。時間内に全て完璧に対応するのは難しい。毎回どこかに漏れがある。
▼数時間後、紆余曲折あって一番のお目当てのお客さんとごいっしょすることができたのだが、ここでとんでもない事態が勃発した。歌の好きなお客さんが僕らに形だけすすめるのを、社長が「下手ですから」と遠慮するのに同調して「そうですそうです」と頷いていると、突然ガラッと音がするほど社長の顔色が変わった。「てめえ調子に乗りやがって」お客さんに聞こえないように背を向け低い声ですごむ。もうイヤ。子供か。
▼エレベーターで「5年ぶりだ」と言ってたお客さんも、店の前で「5ヶ月ぶり」になり、席につくなりママに「5日ぶりかしら」と言われていた。全くどいつもこいつもしょうがないが、こういう子供みたいに我の強い人じゃないとエラくなれないのかもしれない。少なくとも僕みたいに妻一筋、かつその妻に牛耳られているようではちょっとムリかな。
▼ひと月半ぶりの休み(しかも連休)を前に、仕事帰りに映画館に寄ってコーエン兄弟の「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」を観る。

売れないフォークシンガーが、猫といっしょに心の旅に出る物語だ。コーエン兄弟の映画は「ファーゴ」「ノーカントリー」に続いて3作目だが、彼らの作品には荒涼とした景色の向こうに、何か通奏低音のようなものが流れているような気がする。
▼主人公の歌う劇中歌がどれも素晴らしい。英語ができないのに恐縮だが、あえてウロ覚えの歌詞で紹介すると、根城のライブハウスで歌う「アラウンドディスワールド」NYからシカゴまで訪ねていったプロモーターの前で歌う「シーレイズコールドライクアストーン」自殺した相方とのデュオ「イフアイハドザウイングズ」
▼これらの歌は、我々の魂が、死によって突然中断されるまで、ただ永遠に漂泊するほかない運命にあることを繰り返し告げるものだ。真実に金のニオイはしない。そんなものが売れるわけないのだ。

水曜は絶品カラアゲにゴーヤのおひたしにポテトサラダ。

今日はキッシュに最後の夏野菜サラダ。さあ明日から束の間の休息を楽しむぞ。それがたとえかりそめのものだとしても。