釣り日和

先週末からポカポカと暖かい日が続いている。これぞインディアンサマー、まさしく小春日和とよぶに相応しい陽気だ。紅葉も見ごろ。この三連休は行楽に出かけた人も多かっただろう。これだけ暖かいと天気は下り坂だ。明日はまとまった雨になりそうだ。
▼さて、仕事が小康状態の僕も、昨日は貴重な日曜の休みに釣りに行くことにした。子供たちとこんなことができるのも最後かも…とブログに書いて以来、数年ぶりの釣行である。本当は上の子もいっしょに来ればよかったのだが、ついてくるのは下の子ばかりだ。上の子が釣りが嫌いというわけじゃない。千葉の短い大学在学中に目覚め、こちらに戻ってからも友人とよく夜釣りに出かけている。
▼僕も豆腐屋に勤めていた頃は、夜勤明けの休みによく釣りに行った。たいていは一人で、誰かと行く時でも子供とではなく、同じ豆腐屋の釣り仲間といっしょに。豆腐屋の従業員はパートのおばちゃんがほとんど。男性は本職が別にある人のアルバイトか、正社員なら第一の人生に失敗し、少々早めに第二の人生が始まったような人たちである。釣りなんかするヒマがあるのは後者だ。
▼要するに釣りは安あがりのヒマつぶしである。今の僕にとっては、子供とのコミュニケーション以外の意味はない。今後釣りそのものを楽しむために一人ででかけることはもうないだろう。下の子が夢中になるのはわかるが、そんな子供や定年退職したような人がやることに、青春の只中にいる上の子が精を出す気がしれない。けど釣りがマイブームだったのは僕が30代の頃だから、親子でよく似ているよ。自分の置かれた状況がわからないのと、時間をムダにすることにかけちゃ天才だ。
▼好天に恵まれた三連休の中日に釣り場はかなりの人出だった。子供が小さいうちはウキやサビキは難しく、以来もっぱら堤防からの虫エサの五目釣りである。この時期ならカレイにはちょっと早くキスには遅すぎる。アイナメとカワハギがねらい目か。果たして釣果はその通りになった。いい型のアイナメとカワハギがあがり、続いて小ぶりのカレイと大きなキスが釣れた。

持って帰って食べるか微妙なところである。
▼死んでしまわないように何度もバケツの水を替える下の子に、「お互いあと一匹ずつ釣れたらもって帰ろう」と言うと素直に従う。子供の成長を感じるのはこんな時だ。以前なら持って帰ると言ってきかず、釣れるまでいつまでも帰ろうとしなかっただろう。結局連れずにリリース。カレイとカワハギは元気に泳いでいったが、キスとアイナメは動かない。下の子は水に漂う二匹をいつまでもじっと見ていた。釣りもまんざら捨てたもんじゃないかも。
▼久しぶりの釣行で気が焦って釣り場に直行してしまい、昼食やお菓子を買っていくのを忘れた。近くに手頃なお店がなくて、仕方なく高級そうな日本料理店に入り、一番安い天丼とうな丼をたのんだ。


長く間隔があいたので足りない道具も多く、ハサミや水汲みバケツを買い、釣エサ屋の割高なお菓子やジュースを合せると、費用はいつもの倍かかった。なんだか最近財政規律が弛んでいるような気がする。気をつけねば。
▼下の子は駅伝の裁量枠で進路を決めた。これは大会での雄姿。

なかなか姿勢がよくてびっくりした。きちんと指導されているのだろう。さて、上の子はどうするつもりやら。長い目で見てやらねば。釣りと同じだ。

昨日は鮭のソテーにクラムチャウダー。妻が言うには「釣れても釣れなくてもいいように海の幸にしてみた」そうです???

今日はナスとレンコン炒め。

<釣りの格言>
釣竿とは一方の端に釣針を、もう一方の端に馬鹿者をつけた棒である。byサミュエル・ジョンソン
タクトも釣竿も棒である。一方を振るのは指揮者であり、もう一方を振るのはバカである。by僕