追想録2014

本格的な冬の到来である。冷たい雨が降った昨日はついに股引をはいた。また一段と太ったのか去年のズボンがきつい。股引をはくとさらにきつい。寒いには寒いが肉襦袢一枚着ているせいか言うほど寒くない。また太ったから二枚重ねかな。原因はここしばらく現場がないこと。一日を通して身体を動かす場面が全くない。車で会社に行き机に座り打合せがあれば車で移動し終われば車で帰る。デスクワークもよしあしだ。
▼太っているといえば、先日歌手の中島啓江さんが亡くなった。森公美子さんと同じデブキャラでテレビに出ていたが、森さんに比べるとはるかに露出は少ない。ていうか、ほとんどバブル期のバンドブームにのったオーディション番組「イカ天」審査員の記憶しかない。部屋にテレビがなかった僕は、土曜の夜は近所の弟の下宿を訪ねて「イカ天」から「オールナイトフジ」を見るのが楽しみだった。僕にとってバブルは、テレビの向こう側の世界だった。
▼FLINGKIDS BIGIN たま…振り返るとイカ天出身で今も活躍するバンドは驚くほど少ない。残っているのはBIGINくらいか。司会も三宅裕司はともかく、相原ゆうはどうしてるんだろう。辛辣なコメントがウリだった審査員も萩原健太吉田健伊藤銀次、グーフィ森と微妙な人選。その道ではそれなりに活躍している人なのかもしれないが、世代を超えて有名とまでは言えない。まさにバブルを象徴するような番組だった。
▼中島さんはその中の一人だったが、クールな審査員の中で一人だけホットな彼女は浮いているように見えた。彼女は、浮ついた時代を泳いでいくには体重が重すぎた。あの時代は何より軽やかさがもてはやされる時代だったから。当時も十分に太っていたが、晩年は輪をかけて太っていたらしい。オペラ歌手の声量やデブキャラとしての必要性はとうに超えている。つまりはそれが彼女の本来の姿だ。
▼一方で最近訃報が続いた高倉健さん、菅原文太さんのお二人は、痩せた狼の喩えが相応しいナイスガイだった。本人にその意識はなかったかもしれないが、世間的には極道映画のタイプの違う二大俳優というイメージだったのではないか。少なくとも僕の中ではそうだった。健さんの「幸福の黄色いハンカチ」と「八甲田山」は見たが、その前の任侠映画もその後のポッポやも見ていない。菅原文太は「仁義なき戦い」シリーズは見たが、「トラック野郎」シリーズは見ていない。
高倉健は今から35年前、中学の柔道部の先生が「俺に似てるだろう」と言ってファンを公言していた。その頃の僕は同じ任侠スターの中では山田太一のドラマ「男たちの旅路」の元特攻隊警備員役鶴田浩二が好きだったが、それ以来高倉健のファンになった。そのせいか毛色の違う菅原文太はあまり好きではなかったが、大河ドラマ獅子の時代」は強く印象に残っている。これも山田太一脚本だ。「不ぞろいの林檎」といい、当時は山田太一とドラマの時代だった。それで大学で好きになった高校の同級生が何かの拍子に「菅原文太が好き」と言い出して、また文太が好きになった。全く僕は人に影響されてばっかりだな。
▼ルックスは健さんが日本人らしいショウユ顔、文ちゃんがバタくさいソース顔と一見正反対に見えるが、彼らが大スターたりえたのは、やはりお二人に共通するその身体性にあるだろう。テレビではわかりづらいが、二人とも長身痩躯、180センチはあった。今の若い人に混じっても高い方だが、あの世代の中では、ほとんど稀有といっていい存在だったと思う。まさに頭ひとつ抜けた、手足の短い平均的日本人が目を細めて見上げる存在だったに違いない。
▼他に印象に残ったのはアメリカの映画俳優ロビン・ウイリアムズ。「ガープの世界」「グッドモーニングベトナム」「いまを生きる」「レナードの朝」「フィッシャーキング」までは見た。自殺ときいている。だからというわけではないが、今にして思えばなんだか演技も痛々しい。おそらく彼に公私の別はなかっただろう。人前では常に緊張し、仮面をかぶり、期待される役柄を演じてしまう。その意味では生粋のコメディアンだった。人生は一場の舞台。人はみな大なり小なり役者かもしれないが、度が過ぎると身がもたない。
▼最後に赤瀬川原平さん。前衛芸術家として贋札造りで有名だが、それは僕のリアルタイムではない。赤瀬川さんが僕の意識にのぼったのは、彼が路上考現学超芸術トマソンを探している頃から。「トマソン」とは巨人の助っ人で、鳴り者入りで入団したのに三振ばかりで全く約に立たなかった元大リーガーだが、その大男の空振りが豪快すぎて逆に絵になる。転じて本来の役割を失ったがゆえに、かえってそれ自体の存在感を際立たせる物体を指すものとして命名された。例えば上った先の入口が塗り込められた「純粋階段」など。
▼赤瀬川さんは、作家赤瀬川隼氏の実弟。自身も尾辻克彦名で小説を書き、「父が消えた」で芥川賞を受賞している。父親を亡くした男が、それからしばらくして風呂桶のタガがゆるんで水が漏れているのを見た時、初めて父が死んだ事実が腑に落ちる。ただそれだけの話だが、不思議な説得力があった。これも例の好きだった同級生の推奨本だったが意外に冷静に読めた。まあ色恋の話じゃないから当然か。ブレイクした「老人力」は赤瀬川名義だったかしら。
大分県出身で、たしかお兄さんは建築家の磯崎新と同窓だったと思う。母の郷と同じで親近感があった。とにかく顔が大きくて皺の多い人という印象。年をとるにつれて、その皺が同心円上に深く刻まれていく。いくら顔が大きくてもこれ以上はムリでしょ、と思っていた矢先にお亡くなりになった。合掌。

水曜はすきやき。

木曜はヨガカレー。

そして今日は鍋。冬だね。