理想的な客

今冬初の寒波で、今週は全国的に雪また雪のニュース。僕の住んでいる街は降っていないが、年末年始を迎えるために日本列島が大急ぎで雪化粧しているようだ。
▼寒さの底の土曜は上の子が飲み会ということで、残りの三人で外食。割引券付のチラシにつられて近所の焼肉店に。既に忘年会シーズンである。チラシが入って最初の週末とあって駐車場はいっぱいだったが、最後の一台というところでギリギリ駐車できた。店内もダダ混みだったが、待ちきれずに帰る人が多いのか思ったほど待たずに席に通された。
▼席につくと同時にあらかじめ決めておいたしゃぶしゃぶ食べ放題(三つのランクのうち真ん中)をオーダー。肉と野菜の最初のセットを待つ間にタッチパネルでどんどん追加注文する。何か考えがあってのことではない。たんに気が急いてやっているだけである。同時刻に前後のボックス席に座った客がまだ考えている間に最初のセットが出てくるのはいつものこと。

▼ところがその日は店内が混雑しているせいか、前後の客のオーダーがいつまでたっても出てこない。最初のセットの後、僕らの席に追加のサイドメニューや下の子の大ライスがきてもまだこない。はす向かいのボックス席はこちらから丸見えだが、僕らの食欲が一巡して一息ついてもまだ頬杖をついている。背板越しのボックス席は、直接姿は見えないものの濃密な怒気が充満しているのがわかる。
▼やがてはす向かいの女性二人づれに豪華な肉が運ばれてきた。しゃぶしゃぶの一番高いコースだろう。待っている間に出汁が沸騰して蒸発してしまったのか、まだひと口も食べないうちから出汁をたしてもらっている。焼肉のコースらしい背板越しの家族三人づれに小ライスが三つ運ばれてきたが、「ビビンバのハーフひとつですけど」という声とともにそのまま引き返してくる。その直後に下の子のなかなか出てこなかった大ライスのおかわりが出てきた。
▼このような食べ放題の店では、めったに出ない高級なコースをたのんでも、肉が解凍されて食べられるような状態になるまでに時間がかかる。また師走の週末のような、お店が混雑を越えて混乱しているような時は、たのんだものもたのんでないものも受け入れなければならない。ましてハーフひとつなんて厨房への嫌がらせでしかない。さらにメニューとにらめっこして食べたいものを注文し、食べ終わってまた注文するやり方では永遠に食べ物はやってこないだろう。
▼この間僕らの席にだけは切れ目なくスムーズに次々とお皿が運ばれては下げられていく。仮に客が彼らだけだったなら、彼らも黙って注文の品が出てくるのをじっと待ったかもしれない。しかしすぐ隣の僕らのボックスから漏れてくる幸福そうな喧騒が、彼らをクレーマーに変えた。僕らは注文のタッチパネル以外に店員を呼ぶブザーを押さなかったし押す必要性も感じなかったが、彼らは何度もブザーを押しては店員を呼んで「まだか」と文句を言っていた。
▼はす向かいの二人づれは一度も追加せずに席を立ち、僕らが満腹で席を立つ頃になって、ようやく背板越しのボックスから怒気が消え、笑い声が漏れ始めた。それまでは家族できてるはずなのにコトリとも音がせず、お通夜かと思ったよ。おまけに支払の時店員が「本日は本当に申し訳ありませんでした」と僕らに頭を下げる始末。なんだか他のお客さんに申し訳ない。
▼一夜明けた今日は新車の納車の日。開店早々妻とディーラーに車をとりにいく。日曜のかきいれ時に店員も多いが、まだ早い時間なのに客も多い。小さな子供が遊具で遊んでいる。お店を訪れたのはこれで三度目。初回と契約日と今日。日数もだが、滞在時間もおそらく最短に近いだろう。担当営業マンから操作の説明だけ聴いて御礼を言って帰る。自慢じゃないが、売る方からすればこれほどラクな客もないだろう。
▼そのまま試運転を兼ねて交通安全祈願に近隣の山坊に向かう。ほぼ九割方妻が使うことになるので妻が運転するが、初めての車で勝手がわからない。そこにきて僕がああじゃないこうじゃないと横からゴチャゴチャ言うもんだから、とうとう妻がキレて車中で大喧嘩。いろんな意味でよく目的地にたどり着いたな。だがしかし、切り替えが早いのも僕ら、いや妻のいいところ。本山への参道を歩くうちにすっかり仲直りしていた。
▼ご祈祷の護摩炊きの火を見ながら思う。日がいいから納車を先勝の今日にしようと言ったのも、一番にお参りに行こうと言ったのも妻だ。僕はこういうのうはどうでもいいタチだが、宗旨が違うとか信仰がどうのとかは関係ない。要は心がけの問題だ。これからこの車に乗る妻と上の子のために何のカミサマか知らないが祈る。仏教みたいだったけどね。昨夜しゃぶしゃぶを食べ過ぎたので、お昼は名物のお団子で済ませて下山。

▼それから街にとって返し、メガドンキで車のアクセサリーとホームセンターで車止めのブロックを買うと外はもう真っ暗だ。

今夜は下請の社長から届いたお歳暮のうなぎ。