月とスッポン

よく晴れた寒い日が続く。あさって火曜には天気が崩れる予報。一週間以上雨が降らないのもめずらしい。
▼怒涛の年度末工事も佳境。日曜出勤も三週目を数える。きついというより、意外にもだんだん慣れてきた。ランナーズハイのようなものだろうか。人間何事も馴れだな。たいていのことはムリがきいてしまう。だから本当に難しいのは、高い目標を設定し、達成のために自らを厳しく律することだ。人は自分に甘く、挑戦する前に最初からあきらめてしまうものだ。
▼金曜は業界団体の年次総会に出席するため現場を早めにしめる。僕は15時のシャンシャン総会から出席。社長も18時の懇親会からお出まし。その間に講演が二件。例年一件は労基の監督官。もう一件はフリーで、その年の役員が決める。いつぞやの室内楽の演奏会は良かった。ここ数年は人選に苦労しているらしく、事業所のスポーツトレーナー→産業医→スポーツトレーナー(二回目)とマンネリ気味だ。
▼「老化防止体操」という演目の冒頭、そのトレーナーが「一昨年もお世話になりました」と挨拶した時、僕は彼女に全く見覚えがなかった。そのうち思い出すだろうと高を括っていたが、いっこうに思い出せない。いくら考えてみてもこんな人を見たのは初めてだ。どうなってる?僕の記憶力。老化防止体操なんかで治るのか?
▼ところが所属先の名前に見覚えがある。もしやと妻にメールすると、妻がインスト登録しているヨガ教室の会社である。そこで懇親会の席で声をかけてみた。「先生、うちの妻も○○(その会社の名前)でインストラクターしてるんです」「あら、お名前は?」「○×といいます。××教室です」「ごめんなさい。わたし企業派遣専門だから教室の人はわからなくて」ならきくな。最初からそう言え。
▼ひときわ体格のいい客先の人が、ひょんなことから柔道経験者であることがわかり話が弾む。年代も出身地も近く、全国レベルだった僕の出身中学のことも知っていた。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」の話をすると、三度読み返したという。しかし誰彼を知っているかという類の話は、記憶力に難のある僕には厳しい。途中で頭が痛くなってフェイドアウトした。
▼翌土曜は今期工事のピーク。早出残業も決まっていたので二次会には流れず解散と同時に帰途につく。金曜恒例のドキュメント72hは「都会の便利屋」とおもしろそうだったが、「現代人は便利さをお金で買う」という紋切型の括りで期待はずれ。今週は月曜「仕事の流儀」の解体工事のスペシャリストと、土曜の「突撃アッとホーム」のトビの親方がよかった。建設業も捨てたもんじゃない。
▼職に貴賤なし。要は自分のやっていることが好きかどうか。自分の仕事に誇りを持っているかどうかだ。仕事は生活のためと割り切り、終わって一杯やる方が楽しみというナマケモノなら、立場としては管理監督者であっても、人間としては西成のおっちゃんと変わるところはない。地道に生きていこうと思う。僕にも少しずつ変化の兆しが見える。
▼昨日シーナ&ロケッツのボーカル、シーナの訃報に接した。享年61。年齢的には早すぎるが、そんなに年だったのかという印象の方が強い。中学入学の年にデビューした一回り上の彼女たちはすぐにブレークしたはずだが、僕がシーナ&ロケッツを聴いていたのは大学1年の頃だ。「レモンティー」「ユー・メイ・ドリーム」「スイート・インスピレーション」などのベストを、一人暮らしを機にそろえたラジカセでせっせと聴いていた。レンタルCDを利用してダビングするのも初めての経験だった。
シーナ&ロケッツといえば地元の同級生を思い出す。彼女は学区内にないデザイン科のある高校に行くため、スポーツや偏差値以外の理由でただ一人越境受験した生徒だった。進学校の落ちこぼれの僕が気まぐれに朝講習に参加する時だけ、隣市の高校に通う彼女と同じ電車になった。地元の文化発信源であるタウン誌には、彼女の描いたイラストがよく載った。決まってシーナ&ロケッツをモチーフにしたものだった。きっとファンだったのだろう。ライブにも通ったに違いない。
▼高3の冬、受験の重圧から逃げて悪友たちと頻繁に彼女の家を訪れた。ヤンキーでもないのに、女の子の部屋に男子が押しかけて深夜まで酒やタバコをやっても、特に何も言わない開放的な家だった。その彼女と東京で再会することになるとは夢にも思わなかった。彼女の住まいと僕のバイト先のある巣鴨駅のホームで、彼女と僕は偶然すれ違ったのだ。彼女は短大を出て上京し、設計事務所に勤めていると言った。バイトの帰りにさっそく遊びに行くと、同じ大学でいっしょに上京してきた彼氏と同棲していた。
▼それからしばらくして人生最大の失恋をした僕は、さびしくてさびしくて再び彼女の部屋に通うようになる。表向きはカメラに詳しい彼氏に写真を教えてもらうという理由で。大学6年のことだ。彼氏といっしょに住んでる部屋に、缶ビール持って押しかけ繰り言を言う同級生なんて、迷惑以外の何物でもないだろう。もし僕が彼女の立場なら帰ってもらうところだ。でもほどなく僕は酔っぱらってカメラを失くし、同時に彼女の部屋に行く口実も失うことになる。
▼彼女とはそれっきりだ。シーナ&ロケッツもそれっきり。偶然も三度はない。もう二度と、彼女と僕の人生が交錯することはないだろう。それは趣味や性格の違いというより、最初から大人と子どもの開きがあった。彼女は今どうしているだろう。きっと自分らしく生きているに違いない。自分の人生を生きているに違いない。中学の時からずっとそうだったように。

昨日は現場が遅くなったので軽めのパスタ。