僕の心に降る雨は

今週は全国的に真夏日だ。今年は観測史上最も暑い5月になるらしい。けど僕はそれほどでもないな。風景はこの時期特有のものだ。雨季の台湾から戻ったから余計にそう感じる。道に耕運機の歩いた泥がついている。田んぼに水が張られた途端、翌日にはもうカモがやってきて当然のような顔をして毛づくろいしている。そして夜は蛙の大合唱だ。
▼国会では本格的な安保法制審議が始まった。事の是非はともかく、こういう時マトモに質問できるのは共産党だけだなとつくづく思う。理由はただひとつ。共産党だけが心に思っていることと口にする言葉に齟齬がないからだ。残りはみんな、結局のところ定見があるわけじゃないので、全体的には賛成だけど部分的には反対だとかその逆だとか手続きに問題があるとか決めるのが早すぎるとか本質を外れた議論になる。
▼かくして信念VS信念のガチンコ対決はアベチャン対シイサン以外ありえないのだが、憲法を改正しないで法案を通そうとする分だけアベチャンに分が悪い。なぜならその分言い方に気を遣わなければならなくなるからだ。思っていることを思っている通りに思い切り言える方が説得力があるに決まっている。さて、台北紀行の続編である。
▼初日の失態を取り戻すべく、二日目も朝早くから行動開始。「こんな早くからお店やってないでしょ」案の定妻はゴキゲンナナメだ。地下鉄に乗って台北新都心、信義地区を攻める。ドバイのなんとかいう超高層建物ができるまで、6日間だけ世界一高かった(前日のツアーガイド情報)という101をはじめ、台北市役所などの行政施設、デパート群が集中している。101のてっぺんは、前日に比べていっそう濃くなった雲の上に隠れて見えない。
▼その101の裏にある平屋の古い建物をモダンにリノベーションした児童施設&雑貨屋&カフェの前で記念撮影。この旅一番の会心の笑顔である。妻の切り替えの早さにはホントに救われる。そこから本日のメインディッシュである小龍包のお店に向かう途中で目にとまった朝市に入る。

※写真はイメージ(別の朝市のもの)です。いいのがなかったので…
豚や鶏がまるごと吊るされた肉屋、色とりどりの魚からエビカニカキと取り揃えた魚屋、筍や香草系野菜の露店、そして台湾自慢のフルーツ屋台がそれぞれ何軒も軒を連ねるかなり大規模なものだ。
台北にはガイドブックに漏れた、このような朝市がいたるところにある。三越、阪急など日系も含め、台湾にデパートはあるが食品スーパーはない。イオンなども進出したがみなつぶれてしまったそうだ。気温と湿度が高く水が悪いのに、台湾には食べ物を冷凍保存する習慣がない。鮮度がわからなくなるからだ(ツアーガイド情報。なんだかんだ言って市内観光つけてよかった)。台湾の豚は朝の3時に捌かれる。朝市は、その鮮度を自分の目で見て手で触って確かめる場所だ。
▼八百屋や肉屋や魚屋などの専門店が潰滅し、日本の商店街がシャッター通りと化したのは、一義的にはイオンなどの大規模商業施設と、それを可能にした規制緩和かもしれない。だがそれだけだろうか。消費者がそっぽを向けば大資本も撤退せざるをえない。だからそれは利便性を第一に考える我々自身が望んだ結果なのだ。最近の日本人は肉も魚も切身しか見たことがないだろう。台北の屋台には目を瞑った鶏の頭が横たわっている。魚の目は日本のものより黒々と光っていた。
▼断続的に雨が降る中、妻は早々に靴を諦め、朝市の中にある雑貨屋でビーサンを買って履き替えた。同じ店で一個30元(120円)のチープなバッグを大量購入。ドライフルーツと併せて友人用のお土産はオシマイだそうだ。本当に買物上手だと思う。一朝一夕で身につくものではない。青いレモンを搾っただけの生ジュースを飲んでみた。

酸っぱそうだが驚くほど甘い。飲み終わると梅干がひとつ出てきた。これが台湾の砂糖だ。
▼朝市を出てもう少し歩き、目的の「明月湯包」に開店の少し前に到着。名物の小龍包だけでなく、蛤と糸瓜の蒸物、小海老の和え物と共にこの旅初めてビールを注文。お腹いっぱいになった。

妻と「ちゃんとした食事は一日一回が限界ね」「もう若くないね」と言い合う。そこからまた途中お茶でも飲みながらゆっくり歩いて地下鉄の駅に戻り、市の中心部に出て九份行きのバスに乗った。歩いたのは腹ごなし、タクシーの勧誘を断ってバスにしたのは揺られて眠るためである。

▼目が覚めると、車窓から見覚えのある景色が見える。映画「非情城市」のスクリーンで見たあの山並みだ。バスを降り、縁日のような通りを歩く。物凄い人出だ。階段の一番上のお茶屋で名物の芋ぜんざいを食す。絶景のはずが生憎の悪天候で何も見えない。
阿妹茶酒館の写真を撮って、提灯の明りがともる前に帰りのバスに乗った。くねくねと曲がる山道を下りていると、遠くに一瞬基隆港が見えた。
▼雨はひどくなる一方だ。九份から瑞芳を経てしばらく田舎道が続く。小一時間走ってようやく高層の建物群が見えてきた。ソウルでもそうだったが、都心のベッドタウンが割とはっきりしている。日本に輪をかけて土地が狭く急峻なので、建物がどうしても縦に細く長くなる。その高層住宅群が雨に濡れる様は、映画「ブレードランナー」や「セブン」の陰鬱さを想起させる。
▼いったんホテルに戻って呼吸を整え、夜は妻のヨガマスターイチオシのマッサージ店から最後に台北最大の夜市「士林市場」へ。土砂降りの中、地下の美食街に駆け込み台湾のジャンクフード代表「牡蠣の卵とじ」と「豚肉かけご飯」を食べる。

帰途もう一度マンゴーかき氷の店に寄って二日目(旅程では三日目)も終了。

妻の信用を取り戻した。と思いたい。
▼最終日は朝食後、ホテル近くの朝市でグアバとチマキを買って、グアバはホテルで、チマキは空港の待合で食べた。ツアーバスのお迎えは10時半。行きの飛行機でいっしょだったオバサンの団体と合流。全員中身がパンパンの新品のボストンバッグがひとつずつ増えていた。いったい何買ったんだろ。そしてもう帰国して三日が過ぎた。台湾は既に遠くなりつつある。