僕の週末

ここ数日、台風一過のピーカンが続いた後の日曜は朝から湿りがち。降ったりやんだりの晴れ間が極端に蒸し暑い。
▼昨日は炎天下の中、丸一日屋外の駐車場整備で疲労困憊。前日突然の停電で中断された見積の続きをやりに会社に戻る気力が残っていなかった。月曜締切なので、どうしても今日完成させなければならない。早朝から下の子を新人戦の会場に送り届けたその足で会社に向かう。朝ゆっくりできなければ休日とはいえない。気分はサイテーだ。
▼帰りにミニシアターに寄って「サンドラの週末」を観る。

病み上がりの主人公サンドラを、会社は解雇したい。従業員にボーナスとサンドラの復職を天秤にかけ二者択一を迫る。金曜にはいったん結論が出ていたが、友人の助太刀もあって社長に直訴し、月曜に再投票することになる。原題は「丸二日」。映画はその土日の間に、主人公が過半数を得るため、16人の同僚にボーナスを諦め自分の復職に投票するよう説得して回る戦いの記録である。
▼説得は一筋縄ではいかない。同僚にも生活があり、ボーナスをあてにしている。「気の毒だが…」というのが正直な反応だ。サンドラにもその気持ちは痛いほどわかる。彼女の訪問が原因で親子が殴り合い、離婚に発展する夫婦も出る。「このまま波風立てず自分が消えていく方がいいのでは?」否定的な反応に会うたびに、彼女はくじけそうになる。薬を飲んで眠り、そのまま月曜を迎えようとする。
▼夫の支えもあって、結局彼女は半分の8人まで支持を広げる。「これからたいへんね」ケータイで夫に結果を知らせる彼女の表情は明るい。戦わない前から「僕だけじゃ家賃が出ない」という夫に「公営住宅に戻ればいい」と言っていた彼女とは別人だ。結局のところ、この問題に経済事情は関係ないのだ。それは生活を理由にボーナスを選んだ同僚にも、経営のためにそのような選択を強いた会社にも当てはまる。
▼彼らはお金に魂を売った、死ぬまでただ生活するだけのゾンビだ。そして人間の尊厳をかけて戦おうとせず、自分を殺そうとしていた昨日までのサンドラもまた同じである。たとえ理がこちらにあるとしても、ふてくされていればどこかのお人よしが非を正してくれるわけではない。状況を変えるには、自分が動くしかないのだ。
▼この世に自分の味方って何人いるだろう。親兄弟、家族、友人。そこから先は、この映画の主人公のように、相手の非を指摘し理を説くことによって、ひとりひとり獲得していくほかはないのだ。同僚という設定がいい。会社や学校は、まさに格好の実践の場だ。社内で孤立している僕は、まだ戦っていないことになる。
▼映画が終わってから、妻と陸上競技場で待ち合わせる。タッチの差で間に合わなかったが、競技場が近づくにつれ大きくなる歓声の中で、下の子の名前を連呼する応援の声がひときわ耳についた。みんなから愛されていることがよくわかる。そんな子に育ってくれたことが素直にうれしい。

▼時刻はちょうど正午。ここまででちょうど半分だ。「有意義に過ごそうと思えばできるじゃん」と思いながら、妻と競技場を後にする。ところが先に帰って別々にきた妻が買物に寄って帰るのを待つ間、油断してつい爆睡。気がつくと夕方だった。下の子を迎えに、妻ともう一度競技場に向かう。夕焼けが鮮やかだ。
▼帰りにいつもの激安台湾料理店でいつもの激安コース。

この店とにかく料理が出てくるのが早い。勝負が早い僕らにぴったりだ。内容が決まっているコースだと、全ての品が10分以内くらいで出そろうので、普通の家族なら捌ききれないと思う。あとからあとから出てくるのでテーブルに置ききれないという意味だ。
▼土曜のウチゴハンは前回食べられなかった明太クリームパスタのリベンジ。つけあわせのグラタンバケットも最高。

さあ、明日からまた戦いの日々が始まる。何も遠慮することはない。僕だって生きてるんだから。