同じバスの中で

週に一度は雨が降るようになった。酷寒の最中、雪になるところも多いだろうが、季節が動き始めたことは確かだ。
▼実に二週間ぶりの更新である。ブログを始めてこの方、これほど間隔があいたのは初めてだ。この間何をしていたかというと、ブログの代わりにレポートを書いていた。自分の会社にではなく相手先に提出する事故報告だ。誰かがケガしたわけでも何かが壊れたわけでもないが、何かが看過できないと思われたのだろう。ただ書いて出してそれで終わりではない。「自分が悪かった」は通用しない。問題の本質に迫るまで受け取ってもらえない。
▼たしか去年の今頃もこんなことしてたような気がする。こういうことがある度に自分のリテラシーのなさを痛感する。勘だけが頼りで論理的思考力ゼロ。最初の思い込みに縛られているから何度書き直してもよくならない。社長も「社会人としてのビジネススキルゼロだな」とあきれはてていた。そんなわけでここ二週間ほどは毎日午前様、時々徹夜の日々である。ただでさえ忙しいのにこれではブログどころではない。
▼この間のトピックで一番印象的だったのは、やはり格安スキーツアーバス転落事故か。乗客乗員合わせて15名が亡くなる大惨事である。報道のされ方は主に二通り。ひとつは格安ツアー業界の体質、バス会社の安値受注と安全軽視の杜撰な経営を批判するもの。もうひとつは、無残にも突然未来を奪われた若者たちの短い生涯を紹介するもの。
▼僕が一番驚いたのは、ワセダの女の子の葬儀に参列した人の数だ。1200人!日本人力士十年ぶり優勝の快挙で結婚に花を添えた時の人琴奨菊の披露宴参加者の倍である。いっしょに行った同じワセダの彼氏の葬儀の400人もスゴイ。僕も仕事柄取引先関係者の葬儀に参列する機会は多いが、管理職クラスでもまず三桁に乗ることはない。たぶん役員クラスで飛躍的に増えるのだろうけど。
▼この1200人のお母さんのマスコミへの対応がスゴイと思った人も多かったのではないか。泣くどころか言葉に詰まるでもなく、内容的にもしっかりしたコメントで、明らかに気丈に振る舞うといったレベルを超えていた。僕の会社でもちょっとした話題になった。僕と同世代の女性社員がいう。「あのお母さんスゴイよね。私ならあんな冷静でいられない…」ここまでは僕も同じなので相槌を打つ。「そうそう」「…バス会社の人に食ってかかる…」って、そっちか〜い(ルイ53世風に)。
▼まあいろんな人がいるとして、僕だって平静でいられないことは確かだ。取り乱してとても取材どころではないだろう。いずれにしろこのお母さんタダモノではないと思っていたら、某有名企業創業者の娘だそうだ。どうりで。亡くなった女の子もその短い生涯の中で既に世界中を飛び回る一端が紹介されていた。血は争えないものだ。
▼早稲田3法政4東京外大1首都大学2…今回亡くなった学生の内訳である。このうち早稲田は三人ともイギリス留学経験者。カップル以外のもうひとりの女の子は海外企業に就職が決まっていた(彼女のお父さんの応対も見事の一語につきる)。
▼法政の四人はあの尾木ママのゼミ生。当然全員教員志望で僕は当初普通の学生と勘違いしていたが、わざわざ尾木ママゼミのために法政を選ぶくらいだから目的意識を持った若者だ。つまり彼らが高等教育に進む動機は豊かさを目的にしたものではない。すなわち早稲田の三人と同じグループに属する。もちろん全員海外留学経験者である。
▼一方首都大学の男の子は将来介護分野に進む予定だったという。女手ひとつで育ててくれた母親に負担をかけられないと、学費は全額奨学金である。その他の学生の詳細は省く。彼ら彼女たちそれぞれの夢や希望の純真さを疑うものではないが、ここにあるのは紛れもない社会的階層の再生産の形そのものである。
▼四人の教え子を一挙に失った尾木ママは、出演した日曜バンキシャで亡くなった四人について「一口にまだ若いといっても、彼らにはそれぞれとても一言では言い尽くせない生き様があるんです」と言って、四人のひとりひとりについて長い時間をかけて話始めた。だが運転手の長い人生について、そのように惜しみ語る人はほとんどいない。わずかに奥さんが「一生懸命働く真面目な人でした」と言葉少なに語るだけだ。
▼建前やきれいごとはなんとでもいえるが、産廃業者が格安スーパーのバイヤーに廃棄食品を横流しするような、人気ブロガー女史が格安経済圏と呼ぶところのものは確かに存在する。これはけして学歴の問題ではないが、高速バスの乗務員も首都大学の学生も、その世界の住人だ。しかし早稲田の三人と少なくとも法政の幾人かはそうではない。
▼バス会社がデタラメだとか、そもそもツアーを企画した旅行会社がヤバイというが、これらが格安経済圏を構成する要素であることは間違いない。一方で自らの階層を補強する教育機会には投資を惜しまない富裕層が、レジャーには格安を選んでそれを経済観念とのたまう。それでは格安経済圏の住人に立つ瀬がない。なぜなら彼らはレジャーすらままならないからだ。ここにあるのは富裕層が格安で利用するレジャーを格安経済圏の人間が命がけで支える構図だ。
▼「こういうことがなくなれば娘の死も無駄にはならない」。立派な意見だが、なくすにはあなたやあなたの子供たちが格安ツアーを利用しないことだ。格安にはリスクが伴う。何せ法外に安いのだから。こんなブログを書いてるようじゃレポート受け取ってもらえないのも無理ないね。うちごはんの写真もたまった。